第35話 最終防衛線

 上空にはワイバーンの群れが夜空に輝く星々の姿を隠すほど存在し、地には蛮族の軍勢が地平線から溢れんばかりにひしめき合っていた。

 王都まで残り一日。コランペスタの街近郊に築かれた最終防衛線の前には、天地を覆わんばかりの数の帝国軍が迫っていた。


 敵の数は大量だ、大量としかいいようが無い、夜闇にまぎれてその総数は正確には判断できないが天地を覆い尽くすほどの大軍だ。

 対して自軍は総勢7万、中央に重装歩兵、魔法兵の混合部隊、その両脇に騎兵部隊の伝統的な陣形。ただし敵の本命が何処にあるのか分からない為、幾分広く陣取られていた。


「くそっ! 早い! 早いぞ!」

「速度もそうだが、あの数は一体なんだ! 前線の奴らは一体何をやっていた!」


 司令部では怒号が飛び交っていた。

ある者は顔を青くし冷や汗を流し、ある者は顔を赤らめ口角泡を飛ばしていた。


「敵ワイバーン部隊来ます!」

「ええい迎撃だ! 何をのんびりしてる! 速く迎撃をせぬか!」

「そっそれが、敵は遥か上空で」


 伝令がその言葉を伝えるや否や、司令部の置かれてある街のあちらこちらから、けたたましい衝撃音が鳴り響いて来た。

 コランペスタの街に死の雨が降る。それは夜闇にまぎれて投下された人頭大の石礫だった。十分すぎるほどの高度から投下されたソレは、家々の屋根を容易く貫いた。

 街のあちこちから悲鳴が上がる。普段なら静寂に包まれている夜の街は、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


「奴ら前線を無視して直接街を叩きに来ただと!?」

「いえ! 最終防衛線にも被害が生じている模様です!」


 それが昼間であったならばある程度は正確な情報を得ることが出来ただろう。

 だが、夜闇は恐怖を倍加させる。蛮族と違い夜目が効かない人族には、即座に被害状況を把握することは困難だった。

 遥か上空からの投石などに正確な狙いなどつけようが無い。実際は、家々を打ち砕いた投石はごくわずかであったが、夜闇に響く衝撃音は人々のパニックを誘発した。


 そのパニックは後方だけで生じた訳ではない。勿論前線にも大きな混乱を生じさせていた。


「どういう事だ! 敵は我々を通過したのか!?」

「いえ! 後方の予備兵力に被害が出ている模様です!」

「正確な被害状況は!」

「分かりません! この夜闇で手旗信号の読み込みに時間がかかっております!」

「司令! 前です! 敵が進撃を開始しました!」


 こちらの混乱に付け込むように、敵の行軍速度が一気に上がる。夜闇が土煙で濁ったかと思うと。敵陣が真っ赤に染まる。


「ファイヤーボールだ! 魔法防壁展開!」

「魔法防壁展開始めーッ!」


 最終防衛線が青白い膜に包まれ、そこに炎の塊が激突する。いや一斉に放たれたソレは炎の津波と言えるものだった。


「魔法防壁隊はそのまま! 魔法攻撃隊迎撃用意!」

「魔法攻撃隊迎撃用意始めーッ!」


 こうして、帝国軍が先手を取る形で、最終防衛線の戦線は開かれた。


 ★


「ははっ、脆い、脆いぞ人間ども!」


 今遠征において、最高指揮官を任されたドレイクの貴族であるグランバーグはそう笑う。身体能力、魔力、暗視等を始めとした特殊スキル。どれをとっても蛮族の方が生命体として優れているのだ。

その上兵数でも上回っている現状では万に一つも負ける要素などありはしなかった。


 地上と上空からの息も付かせぬ連携攻撃。投石に限りはあるが、夢魔の通信によって効果的なタイミングで一撃を加える事が可能であった。

 天に舞うワイバーンの翼、その半数は幻術によってつくられたものである。だが、敵の飛行部隊であるグリフォンは夜目が効かない。もちろんそれを操る人間もだ。

 いじらしい努力か、あるいはやけになってかでワイバーンを迎撃せんと天に舞ったグリフォンがあったが、その全ては大地の滲みかあるいはブレスによって丸焦げとなった。


 それは地上でも同じこと。ワイバーンの航空支援によってあいた穴に、強襲部隊が躍り込む。そこで繰り広げられるのは一方的な蹂躙劇と言っても差し支えは無い。

 人族の長所である連携は、見るも無残なままに崩壊していた。


「グランバーグ閣下!」

「なんだ騒々しい」


 これまで通り圧勝の美酒に酔っていたグランバーグは部下の報告に眉をひそめる、


「敵増援が右側面より迫っております、その数は五千!」

「会敵予測時間は?」

「半時後になると思われます!」

「ふむ」


 グランバーグはそう言って形のいい顎に手を当てる。現在自軍の総数は幻術兵を除き十万、幻術兵を入れればその3倍の数に上る。

 それに対し敵は7万、これは会敵時の話だから現在ではその数は3割近く減っているであろう。

 敵はほぼ壊滅状態にあり、戦況は確定したあちこちで櫛の歯が欠けたようにポロポロと勝手に戦列を離れている連中の姿も見える。

 戦意を無くした敗残兵は殿の舞台に任せ、自分たち本体は有象無象を無視して、敵の本丸である城を落とす。そうしてしまえば敵王都まで自軍の歩みを遮るものは何もなかった。


「予備兵一万を迎撃に当てさせよ、それとワイバーンによる投石も行ってよい」

「はっ! 了解いたしました!」


 まぁ敵の射程距離外からの投石では、動く的に対して大した被害は望めないだろう。

だが、心理的影響と言うものが馬鹿に出来ないのは確かだ。奴らはワイバーンが上空をうろつくたびに、防衛行動をとらなくてはいけなくなる。


 それにしても上空からの目は大したものだとグランバーグは表情を変えないまでも感心する。

 これまでワイバーンと言えば、ブレスを吐くことに専念した戦術兵器と言う扱いだった。だが、あの軟弱者の現皇帝は、その価値観を一変させた。物資の輸送や観測など、飛べるという事に重きを置いた運用方法に切り替えた。

 それに加えて夢魔たちの通信網、敵の動きは手に取る様にまるわかりであった。


 投石の準備を整えたワイバーン中隊が離陸し、隊の後方に陣取っていた予備兵力が右方へと離れていく。迎撃部隊は実数で敵の倍、幻術兵を加えれば敵の4倍にも及ぶ。万が一の問題も無いはずだった。


 そして、会敵まであと少しと言った段階だ。地上より放たれた太陽の輝きが別働隊を一直線に切り裂いた。


 ★


「がはっ!」


 ありったけの魔力を使いライトニングアローをぶちかました俺は、大量の吐血をして膝をつく。


「勇者殿! ご無事ですか!」

「ええ、大丈夫です」


 俺は口の端から流れる血を拭いながらそう答えた。

 奴らの手口は分かっている、最初から、最大限に容赦なくだ。当然こちらも初手から切り札を使わなくてはいけない。


「それより行けますか!」

「ええ、おかげで派手な風穴が空きました、敵本陣が丸見えです」


 そいつはよかった、何とか無駄死には避けれたってもんだ。


「者ども行くぞ! 勇者殿の決死の努力に答えるのは今この時ぞ!」

『応!』

「全速力だ! 敵は浮足立っておる! 最短で! 最速で! 真っ直ぐにだ!」

『応!』


 ガストン将軍の激を受け、第55師団は街道を一気に加速していく。王都に近いこの場所は立派な石畳が整備されていて、魔道装甲車は疾走する。


「撃て撃て撃て! 残弾など気にするな! 片っ端から撃ち殺せ!」

『応!』


 将軍は自分の役割を心得ている。それは俺を敵大将まで送り届ける事。ただそれだけを考えた片道切符の進軍だ。


 俺は荒い息を吐きながら、後部座席で横になる。貴重な回復魔法の使い手が、俺に魔法をかけ続けてくれるおかげで表面上の傷みは和らぐが、魂に刻み込まれた死の傷みは消えちゃくれない。


 第55師団は魚鱗の陣を取り、ライトニングアローで開いた穴目がけて一気にぶち当たっていく。


「敵は動揺している! かまうな! 押し通せ!」


 敵の死体を押しつぶし、また、跳ね飛ばしながら一気に進む。勿論こちらも無傷と言う訳にはいかない。魔道装甲車と言えど、現実世界の戦車の如き防御能力がある訳ではない。

 辛うじてボウガンの矢は通さないものの、魔法の直撃を受ければ車体は大きく跳ねるし、下手をすればひっくり返る事さえある。所詮はまだまだ馬車に毛が生えた様な存在でしかないと言う事だ。


 両側からゴリゴリと万力に締め付けられるような圧力を食らいつつも、それでも何とか押しとおる。


「将軍! 足止めは我らにお任せして、前へお進みください!」

「任せたぞ、サンダース! 王都で会おう!」

「はっ! 将軍もご武運を!」


 彼らは笑顔で別れの挨拶をかわしていった。

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