皇女の涙に感じた事 中

 「君たちを救ったのはわたしだ。先ほども言ったが…、でないと君らは…」


 潮の香りを伴った、強めの風が吹き込んで来て、レースのカーテンを大きく捲れ上らせ、その風に、セラの黒い鼻が小さく動いた。

 「臭いぞ!」

 今度は、セラの言葉がエルソアの言葉を遮った。

 「…」

 「どうしたの?」

 そばにいたシスティナが声をかける。


 「腐った匂いがする…」

 「え?黒いモノらでは?」

 システィナがセラへと訊いている傍で、クラウトが何かに気付いて視線を、窓辺にある、台に乗せられてモノに映すと、無造作に置かれている台には、白い布が被せてあり、丸い形の物が、その布の下にあると言わんばかりの盛り上がり方をしているのに、小さく息を呑んだクラウトは、それが何であり、エルソアの言葉から推測して、断言が出来る程の確信を持っていた。


 「…あれは…。もしかして……」

 クラウトの視線に、一同が、その方向へと視線を向ける。

 「うん…、風に乗って、あっちから来る…」

 セラが指を指して見せ、その様子をエルソアも見ていたが、小さく俯き、唇を噛みしめてセナスティを見た。

 「すまんな…あそこには、セラスナルの首があるのだ…」

 エルソアの言葉に目を見開いたセナスティは、小さく動き出し、その肩を抱いていたロイドが力を入れて止めた。


 「…匂うって事は…みない方がいい…」

 「兄さん…確認しなきゃ…」

 セナスティの言葉に、小さく息を吐きだしたロイドは、手の力を緩め、覚束ない足取りで進み出したセナスティの後を追った。

 彼女の心臓の高鳴りがロイドにも伝わり、いまにも弾けて吐き出しそうな震えが、セナスティの全身を走っているのも感じられていた。

 ロイド自体も、近づくにつれて肉の腐った異臭を感じ、悲痛な表情に変わる。


 その光景を、武器を装備しながらアサトが見ていると…。


 後方から何やら笑い声と多く足音、そして、力強い足音が聞こえて来るのに気付いた。

 アサトだけではない、ケイティやジェンスも扉の方向へと視線を向けると…。


 謁見の間の扉が勢いよく開き、数人の人影が入り口前に立った。

 その姿を見たケイティが、目を見開き、歯ぎしりを始め、ジェンスとタイロンの表情が険しくなったのを、アサトは見逃していなかった。


 …なに?どういう事?…。


 3人の表情は鬼気迫る感じであり、また、憎悪に満ちた表情である。


 扉が開いた音に、入り口に向けたセナスティとロイドも足を止めて振り返り、他の者らも扉へと視線を送った。

 そこにいたのは……。


 「いやぁ~、親父!配置は済んだぞ!皇女が来ているって聞いたが、もう殺したか?」

 「え?」

 誰もが目を見開いた。


 そこにいたのは、にやけた表情の青年であり、その周りには、大きな体を持つ、黒い防具に身を纏っているモノが2体と、白い綿帽子を被っている少女にフードを目深に被った老人、そして、数体の黒いモノらと、数人の黒い装備を纏った兵士らであった。

 扉の向こうにも、押し寄せてきているように見える、黒いモノらの姿も見える。


 「…あいつぅ~~」

 歯ぎしりをしているケイティは、大きく顎を引いて険しく憎悪に満ちている。

 「ケイティ?」

 アサトの声が耳に入って来てはいないようである。

 顎を引いて睨んでいるケイティは、今までに見た事無い鬼気迫る表情であり、その表情に、アサトは彼女の怒りの度合いが最大級である事を確認していた。


 「…なんでここに!」

 ジェンスも睨んでおり、タイロンも険しい表情になっていた。


 男はステップを踏みながら謁見の間へと進んでくる。

 「あぁ~?なんだ、親父…。取り込み中で…お?」

 アサトらの前に立った男は、ロイドに抱えられているセナスティを見た。

 「いい女がいるじゃないか!」

 言葉を発すると軽快なステップを踏みながらセナスティの方向へと進み出し、その様子を見ている一同。


 「…これはいい…。股間がうずくぜ!」

 セナスティとロイドの前で、股間を押さえながら小さく腰を振り、真っ白い歯を見せた。


 「お前は誰だ!」

 ロイドがセナスティを抱え込んで訊いた。

 「あぁ?何言ってんだ?おれか?おれは、皇太子だ!」

 その言葉に、クラウトがエルソアを見ると、目を閉じて落胆の表情を見せていた。


 「そう言えば親父…皇女ってのは?」

 エルソアの方向へと進み出した男は、エルソアの後ろにある、高い場所に鎮座している玉座に腰を落とした。

 その姿を見たセナスティがロイドから体を離して進み出した。

 「そこは、お父様の椅子!」

 その言葉にセナスティを見た男は、ニンマリとした表情を見せる。


 「お前が…皇女か…。へぇ~、…そうだ親父。どうせ殺すなら、おれに一回ぶち込ませてくれ!中に出しても構わないだろう。思っていたよりいい女じゃなぇ~か。義弟おとうとが言っていたが…。うんうん。こいつは…やりがいがありそうだな…」

 「もういいクレミア!」

 エルソアが叫ぶと、にやけた表情を引き締めたクレミア。


 「…まったく…。今まで順調だったのに…。」

 首を振りながら言葉にしたエルソアは、大きく深呼吸をすると目を細めた。

 「どう言う事なんだ、エルソア…」

 ロイドの言葉に振り返ったエルソアは進み出し、高い場所にある玉座へと、手前にある10段ほどの階段をゆっくり登り、玉座の前に立ち、玉座に座っているクレミアを見下ろして、小さく頭で払って見せると、首を傾げたクレミア。

 その様子を見ると小さくため息をつく。


 「どけ…」

 その言葉に立ち上がったクレミアは、玉座の脇に立ち、玉座に寄り掛かり、玉座前に立ったエルソアは、一同を見渡した。

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