決戦前夜と決戦当日の朝 中

 「…成功させればいいんです…」


 ……最初から次の手を考えてもしょうがない。

 アサトは思っていた。


 もし…僕らに何かあっても、アルさん達も動いてくれる、そして…、セナスティの考えを、アイゼンさんは必ず理解してくれるはずだから…。


 ミュムにアイゼンの話しをしたアサト。

 その話を聞いたミュムは親指を上げて見せた。


 「官僚候補にって事ね」

 大きな笑みを見せ、その笑みに小さく頷いたアサトとクラウトの姿がそこにあり、その言葉を発しているミュムを見ていたセナスティは、もしもの事があったら任せる事にした。


 翌日の計画を考えて、王都ではなく、馬車近くで眠る事にした。


 ケイティに付きっきりのレアだったが、夜中に、クレアとライザが壁を越えてカルファの元に届ける事になり、行かないと駄々をこねていたが、ケイティがキャラで宥め、しぶしぶクレアと王都へと向かった。

 去ってゆくレアに、目頭を緩めていたケイティは、何かを誓ったような表情を見せ始め、立ち上がるように見える王都の壁の向こうは、ひっそりとしており、口を真一文字にしているケイティは、レアの姿が見えなくなるまで見送っていた。


 その傍にアサトが言葉をかける。

 「行ったね…」

 「アサト…」

 「?」

 「あたし…覚悟が決まった。これは正義だってわかった」

 「そうなの?」

 「うん…。アサトが言っていた、この国に帰って来たくないって言葉が実感できる…。レアもそうだけど、セラやネコ娘…。みんなを守る為なら、あたしは…人も殺せる…」


 ケイティの表情が物語っている事をアサトも感じ、カギエナでの出来事が、彼女の心を動かしていた事に少しばかり困惑した。

 「簡単には行かないと思うけど…」

 「わかっている…。でも…アサトがやるなら、あたしは躊躇しない…あの男だけは許さない…」


 話を聞いただけだが、ケイティは多くは語らなかった。

 それだけショッキングな出来事があり、その中で憎悪が芽生えたのだと思うが、その憎悪が良くない方へと進まない事を、アサトは小さく願っていた。


 「まずは…」

 「話し合ってからだってのは分かる…」

 「なら…」

 「大丈夫。冷静でいるように努力する…。でも…外であいつを見かけたら…」

 「ケイティ……」

 ケイティの憎悪の大きさに心配になる。


 …本当に、大丈夫なのか…。


 ふいに振り返ったケイティは、西の空を見た。

 その方向には、黒いモノらが進んでいると思われる方角であり、アサトも同じ方角を見てから小さく息を吐きだした。


 …何をどう言えばいいのかわからない…。

 だから…。


 「もう休もう…。明日は、大変な一日になると思うから…」

 その言葉に小さく顎を引いたケイティは、しばらく西の空を見たままであり、その2人の姿を、厳しい表情でアリッサが見ていた……。


 夜が明けると同時に、ミュムら制止を担当する者らが、各々向かう方向へと散り、ロイドが、4人分の王国兵士の防具を手にして現れた。

 その防具の在処は明かさなかったが、使用済みである事は何となくわかった。


 立派に彩られている高貴な造りの箱が3つに、真っ白の防具と武器、シダの紋章が刺繍されているマントを羽織った4人。

 布で出来たみすぼらしい衣装をまとったアサトとジェンス、ボロボロの布切れを纏ったメルディスとポアレアは、各々の色を身に塗ってから着込んでいる。


 シルクで出来ていると言われる、侍従用の衣装をまとったシスティナらと、青を基調とした、高貴な宮殿衣装をまとったクラウトに、真っ赤で、裾が引きずるように長く、胸元が大きく開いたドレスを着込み、高そうな黄色の石とダイヤと言われる、小さく、光を放っている石がついているペンダントをつけたアリッサが、身支度を終えて現れると、その様相にアサトらは口を開けて見ていた。


 上げた髪のうなじには、大人の余韻が感じられ、ほのかに香る甘い香りが、色気をだしているように見え、その香りに騙されたような感じまでしていた。

 そんな男どもを、冷ややかな視線で見ているケイティの姿があり、その姿は、侍従とは言えない程に、子供のような感じがして見えた。

 馬車の中には、押し込められたようにビッグベアが前手で、鉄で出来た手錠をしており、その向かいにはセナスティとセラが同じ格好で座っている。

 手錠をしているが、カギはかかっておらず、話を聞くとカリファが持っていた、遊び道具である様だ。

 無理やりだったが、セラスティとセラが座っている下にコウレナが息を潜めて隠れている。確かに、この馬車は奪われてはいけない…。アサトは、コウレナが隠れる際に、頭を下げた。


 「僕らのすべてをお願いします…」


 その言葉に小さく笑みを見せたコウレナの表情は、昨日と違って晴れやかであった。

 セナスティらを奥に置いて、馬車後方入り口側に箱を置いたが、再び、その重さにジェンスが文句を言っている…。


 …まぁ~、重いのは確かだけど、というか、カルファさんの遊び道具が気になる……。


 準備は整った。

 正規の門を通って城に向かう事にする。


 西門は、顔がばれているので正規の門を通り、手続きをしっかりととって、王と面会をすると言う事であり、ロジアンとロスの用意が出来き次第、門へと向かう事にした。


 計画開始は、午前9時30分である…。

 今は…午前9時。


 クラウトは、今では見えない、散って行った者らの方向へと、メガネのブリッジを上げて見ており、その姿を見たアサトも同じ方向を見る。


 …みなさん、頼みます……。


 ---ジア・ドゥの軍では---


 平野を覆いつくす程の、マモノの群れの上にいるミュムは目を細めていた。

 暗い所で見た状況とは違う、その数の多さと種類の多さ。

 よく見ると人間の姿もある。


 それは、人種の越えた軍である事が見てとれ、先頭を進んでいる緑の体を持つイィ・ドゥが、進みながらミュムを見上げていた。

 その威圧感は、確かに…ジア・ドゥなのだろうと確信したミュムは、黒い靄の翼を巧みに使って軍の先頭へと降り立った。


 先頭のイィ・ドゥが軍を止めるように右手を小さく上げ、その傍には、同じような体格のオーガとオークのイィ・ドゥが、何体か目を細めて見ており、ゴブリンや獣人の亜人のイィ・ドゥらしき者も、訝し気にミュムを見ていた。


 先頭を歩いていたイィ・ドゥの前に立つミュム。

 「君が、この軍を引き連れている者?」

 ミュムの言葉に目を細めたオーガのイィ・ドゥと思わしき者。

 緑色の肌に頭には小さな角が数本生えており、眉は無く、大きく見開いた目に、突き出している白い下の牙を持つ者が、顎を引いてミュムを見ている。


 その威圧感は……。

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