決戦前夜と決戦当日の朝 下

 「…ジア・ドゥって、君の事だよネ」

 「…ならどうした。」

 しっかりとした言葉で返すイィ・ドゥは、3メートルにはなっていない身長だが、ミュムを見下ろすだけの高さがそこにあった。


 見上げているミュム

 「僕は戦いに来た訳では無い、話をしようと来た」

 「邪魔だ小僧、そこを退け!」

 その場は、王都へは一時間ほどの距離の平原であり、小さな丘の向こうに薄っすらと王都の姿が見えていた。


 「王都へ攻めるの?」

 「あぁ、この国をあった形に変える。」

 「あった形?」

 「前の王の思想のままに、奴隷を辞めさせ、俺たちのような者も共に生きられる国、その国の思想を取り戻す」

 「君が王になるの?」

 ミュムの言葉に小さく顎を引いた。


 「その姿じゃ…」

 「話は、僕が訊くよ…」

 イィ・ドゥの間を縫って少年が現れ、その姿に小さく驚いたミュム。

 少年の傍には、年ゆかない少女がついて来ている。


 「…もしかして?」

 小さく言葉にしたミュム。

 「ジア・ドゥって言われているのは、なんとなく分かっていた。でも、僕はそんなすごい人ではない。僕の名前は、カムリ、そして…」

 振り返り、少女を前に出すように背中を押した。


 「妹のサリ」

 「カムリ…に、サリ?」

 「うん」

 ちいさく頷いたカムリ。


 「僕ら兄弟は、以前奴隷だったんだ。人間至上主義が始まる前から…。」

 「でも…、ジア・ドゥって…」

 驚きを隠せないミュム。

 「その時に、古の神殿から見つかったと言われる水を飲まされて…。」

 カムリはサリを見てからミュムに視線を移す。


 「怒りと恐怖で、外見や精神が変わる。体は…このイィ・ドゥよりも大きく、俊敏で怪力の体になり、精神は…、止めることが出来ない程に凶暴になる…。だから…」

 「気持ちを落ち着けて生活をしているんだ…。わかる、君の中にある、別の個体も…。僕は、神龍と言われる龍を体に宿している。それは…、説明するのは時間がかかるけど…。でも、君の中にある個体の存在は、目に見える…と言えばおかしいけど、感じるよ…。奥にしまっているから、今まで気が付かなかったんだね…」

 ミュムの言葉に小さく俯いたカムリ。


 「君は、王都へ行ってどうするつもり?僕は、君に提案を持って来たんだ。君が優しそうな子で良かった」

 「奴隷制度と人間至上主義の廃止…って言えばいいのかな…、無意味な戦いは避けたい。犠牲者も…いらない。この軍で王都を囲み…」

 ミュムは小さく微笑んだ。


 「…そうか、なら……。僕の提案は、君に伝わると思う。」

 ミュムの言葉に目を見開いたカムリ。

 「…僕らも同じことを考え、そして、今日、行動を始めている。君の軍を僕に預けてくれない?悪いようにはしないよ」

 「しない?」

 「うん。この軍が動くときは、交渉が決裂…。そうだね、僕の仲間…が、これから城に行って、王と話して、打開策を見つける。この政策の排除、奴隷制度は分からないけど…。とにかく、今の王の話しを聞いて、こちらの要望を出し、話して、ダメだったら…。僕らが戦う。そして、この国を僕が制して、君の希望を叶える」

 ミュムの言葉にサリをみると、顎を引いている姿があり、その傍にいたイィ・ドゥは目を細めて見下ろしていた。


 「信用できないと思うけど…。とりあえず、王都まで一緒に行ってもいいかな?」

 イィ・ドゥから視線をミュムにむけると、大きな笑みを見せている姿があり、その傍には、紫色の肌を持つ、大きな角をはやしたイィ・ドゥは腕組みをして立っていた。

 信用できないのは確かであるが…。

 カムリは小さく息を吐きだすと、しばらく考えてから、ゆっくりと頷いて見せた…。


 カムリ達と会っていたミュムの少し後方には、シダの紋章が刻まれたマントを付けている兵士が、体の大きな女性と話をしていた。


 「なに?アサトらのチームが?」

 キャンディが頷いて見せている。

 「…そうか…。一度断られたと言っていたが…」

 馬上から振り返った男は、後ろにいる同じような格好をしている兵士らの列と、その後方にいる、腕にシダの紋章のついた腕章をしているマモノ達を見渡した。


 「わたしは分かっていた。彼らなら、この状況を見ているだけではないとな…、皇女の熱意が伝わったのか」

 キャンディを見る。

 「…納得しているのはいいけど、とにかく10時には始まるわ!それまでに…」

 「あぁ~分かっている。」

 再び後方を見た男は、馬に備えていた剣を抜くと、高々に振り上げた。


 「後方の者らよ、私の話しを聞け!!」

 大きく叫ぶ男の声に反応を見せる兵士とマモノ。


 「私は知っている!この皇女の軍が成り立つ意味を…。」

 その言葉に何事が起きているのかと、後方のマモノらが興味津々で身を乗り出し始め、兵士たちは顎を引いて、男の言葉を聞いていた。

 「私は知っている。この軍がなぜに戦い、誰の恩で戦えるかを!」

 男は、兵士の列の脇を小走りに馬を進めた。

 「そして、我々は、再び歓喜するだろう。その者らが現れた事に」

 男が何を言おうとしているのか、見当のつかない兵士とマモノら達の姿。


 「私、皇女軍のが、ここに吉報を伝える、心して聞け、そして…進め!」

 馬を止め、王都の方へと体勢を変えた。

 その隊長リアンを見る兵士とマモノら。


 「チームアサトが、今日、王都の中枢に向かった。戦にならないようにするとの事であるが、戦いの準備をして、再び、同じ戦場に立てる喜びをかみしめて…」

 振りかざした剣を大きく王都の方向へと振り下ろした。


 「進め!!!!!!」


 その言葉に大地を揺るがすような歓喜の声が上がり、地響きを伴いながら動き出した軍の中には、『パインシュタイン』で、アサトらと戦った兵士やマモノに属する者の姿も見受けられ、互いに何やら話しながら駆け始めた光景が見え、その姿を見ていたキャンディは、目を細めて見ており、そば傍に来たリアンは大きく深呼吸をして空を見上げていた。


 …その空は…。


 同じ空の下にある平原で、シダと槍のついた紋章がついている赤いマントの青年が手紙を読み終え、遠くに見える王都へと視線を向けた。


 「…セナスティ…」

 小さく言葉にすると目を細めた……。

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