第146話 エピローグ
アルトロワ王国から東に一時間ほど行った所にトレフォス大森林と呼ばれる地帯がある。広大な森林地帯で、まさに「大自然」というものを体現している場所であった。その広さは未知数。人の手が入っていない故、多くの強力な魔物があちらこちらに生息していた。いや、そのせいで今まで人の手が入る事はなかったと言った方が正しい。
それでも、学者達の研究の賜物により、トレフォス大森林の中心にいくにつれ、魔物の力が増していく事は判明していた。強き者がより自然の恵みにありつける場所に陣取り、弱き者がその住処を追いやられる。結果として、弱い魔物は人間の生活圏内に近い場所で生きざるを得なくなった。まさに、自然の摂理と言える。
そんなトレフォス大森林の中層部を黒いローブに身を包んだ男が一人で木々をかき分けつつ進んでいた。その腕には魔物よけの腕輪がつけられているとはいえ、かなり周りを警戒している。それもそのはず、この辺りはすでに並の冒険者では近づかない領域だった。こんな場所に一人でくるのはSランク冒険者か人目を避けたい者くらいだろう。もちろん、この男は後者であった。
なんとか魔物に見つからず、ローブの男は目的地に辿り着く事ができた。それは、何の変哲もない洞窟。ここまでやってきた冒険者が見つけても、中に入ろうなどとは決して思わないようなみすぼらしい洞窟の中へと、ローブの男は躊躇する事なく入っていく。
人一人が中腰になってようやく進めるくらいの穴の中を進む事二十分。大自然の中にある洞窟には似合わない、たくさんの魔道具で埋め尽くされた空間に出た。そこでようやくローブの男は一息吐く。
「やれやれ……計画のためとはいえ、ここにくるのは命懸けだな」
白衣を着た何人かの研究者があくせく働いているのを見ながらローブの男は呟いた。その中の一人が彼に気がつき近づいてくる。
「これはこれはトーマス様! このようなカビ臭い場所にわざわざ足をお運びになるとは……何か火急の要件でもあるのでしょうか?」
「進捗具合が気になったのでな。首尾はどうだ、アクールよ?」
トーマスの問いかけにアクールはニヤリと笑みを浮かべた。
「ここにあるのはサリバンの用意したモノより一ランクも二ランクも上質な魔道具ばかり。至極順調にございます。いやはや、こんなにも素晴らしい魔道具がこの世にあったとは……アルトロワはおろか、金になるものは全てが集まると言われているドレッドノートでも見たことはありませんぞ? 一体どこで手に入れられるのやら」
「余計な詮索はしなくていい」
ピシャリとトーマスが言うと、気を取り直すかのようにアクールが咳払いを挟む。
「これほどの設備を要していただいて結果が出せないのは二流以下。私もエタンも救いの手を差し伸べてくださったあの方に満足していただけるよう、粉骨砕身の思いで臨んでおります」
「至極順調と言っていたな? 今すぐにでも計画を実行できそうか?」
「へっ?」
予想外の言葉に、アクールが呆けた顔になった。だが、トーマスの鋭い視線を前にして、すぐに表情を戻し、激しく視線を泳がせる。
「あっ、い、いえ……!! 順調と言っても、まだ実行に移せる段階では……!!」
「ならば、順調と言う言葉を使うな。お前達を騎士団の手から拾ってやってから二ヶ月近く。順調であれば、もうとっくに完成しているだろう」
「も、申し訳ございません……」
アクールが恐る恐る頭を下げた。要求してきた内容を考えれば二ヶ月やそこらでできるはずもないが、それを言うわけにはいかない。あくまで自分達は救われた身、いくら無理難題をふっかけられようともそれに応える以外には生きる道がない。
「別に私は意地悪で言っているわけではない。ただ、もし
「は、はい……」
「だったら、一日でも早く完成させる事だな。卿ためにも……自分が生きるのためにも」
「せ、精一杯努力いたします」
わずかに体を震わせながら頭を下げるアクールを見て、トーマスは懐から転移石を取り出した。これは記録した場所へ一瞬で移動する事のできる希少な魔道具。これを使ってこの研究施設に赴きたい、というのが本音なのだが、万が一この場所を記録した転移石が誰かの手に渡り、この場所の存在が明らかになれば一大事だ。そのため、行きは魔物に怯えながらここまで来なければならないが、せめて帰りくらいはさっさと帰りたい。
転移石を起動させたトーマスの視界は、怪しげな研究施設から人の手で舗装された街道へと一瞬で変わった。鬱蒼と生い茂る木々や、鬱陶しい羽虫達とはおさらばでき、トーマスはホッと息を吐く。そんな彼の前にタイミングを見計らったかのように豪奢な馬車が止まる。それに気づいたトーマスはすぐさま地面に膝をついた。
「わざわざ森の奥までご苦労だったな、トーマス」
黒いカーテンにより中が全く見えないキャリッジから話しかけられたトーマスは、深々と頭を垂れる。
「それで? 研究の方は進んでいたか?」
「アクールの話ではまだ実現段階には至っていない模様です」
「そうか……」
しばしの沈黙が流れた。その間トーマスは身動きひとつせず、地面を見つめながらひたすら主の言葉を待つ。
「……まぁ、そう簡単にできるものでもあるまい。とはいえ、座して待つのが飽きてきたという事も事実。少しずつ動き始めるとしよう。‘ハヤブサ’に連絡を取るのだ。奴もサリバンを消してから何の仕事もなく、退屈している事だろうからな」
「’ハヤブサ’に何と命令を?」
「王女を襲え」
トーマスが体がピクッと反応した。
「……セントガルゴ学院はこれから夏季休暇に入ります。城にいる彼女を襲え、と?」
「そういうことだ。むしろ、それがいい」
「警備はかなり厳重だと思われますが?」
「なに……これはただの牽制に過ぎぬ。別に王女の首を取れなくても構わん。……ただし、まるで自覚がないようであれば、容赦なく殺してしまえ」
「……畏まりました」
トーマスがそう答えると、ゆっくりと馬車が進み始める。しばらく跪いた姿勢のままでいたトーマスは静かに立ち上がると、馬車が進んでいった方向とは逆の方へと歩き始めた。
3Rの魔法師〜魔力零の異端児は今日も誰かの魔力を糧にする〜 松尾 からすけ @karasuke
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