第32話


▼▼▼


 頭に響く。みんな死んでしまう。俺が慢心したばかりに、俺が弱いばかりに、敦のように、死んでしまう。


 強くなりたい…。


 努力とか、才能とか、日々の研鑽とか、自分に合った戦闘法とか、そんなのどうでもいい。願いだっていらない。

 ただ、みんなを守るための、絶対的な強さが欲しい。


「強く…なりたい」




▼▼▼


「おい、あずま。逃げるか?

手を尽くしてはみたが駄目そうだしな。スイの様子も気になる。私とお前だけなら逃げられる」


「せやなぁ。伝えたいことは伝えたし、スーちゃん探すのもええけど、すこーし、見ておきたいなぁ」


 あずまはによりと笑って未だ俯きながら動かない神崎を見る。


「もうどうしようもないと思うが?」


「スーちゃんが言うてたけど、勇者言うんは逆境をバネに強くなるみたいやなぁ。

まるで神様から愛されてるみたいに、全ての逆境を跳ね除けて立ち向かう」


「冗談か?」


「にゃふふ、冗談やったら…」


 その瞬間、神崎を中心に巨大な魔法陣が地面に展開される。莫大な魔力のうねりがドーム全体を包み、その異常に気付いた雨傘が魔法陣の展開をやめて再度魔法陣を展開する。今度は広範囲に広がる魔法ではなく、たった一人を殺すためだけの魔法。

 しかし、それにいち早く感づいたカイドが騎士達に指示を飛ばし、魔力の障壁をカイドの盾に集める。


 カイドは全力で魔法を押し留めようとするが、障壁は簡単に壊され、巨大な魔力の塊が神崎を襲う。

 だが、その数秒にも満たない時間を持って、魔法は発動される。


 ドーム全体が重苦しい濃密な魔力で満たされる。それはリエナの殺気を大きく超える何か。莫大な魔力の塊が神崎を中心に、ある姿に変化する。

 それは、この世界における頂点。もはやその存在は全生命にとっての災害であり、決して抗えるものではない究極とも言える生命。


(冗談やったら良かったんになぁ)


 魔力の塊が弾き消え、現れるのは巨大なドラゴンの顎。全ての者を震え上がらせる濃密な魔力と咆哮で空間を支配し、その瞳は俄然の雨傘千里に向けられる。


「これがユグドラシルの加護の能力か」


 雨傘は目の前に現れた巨大なドラゴンの顎を冷静に分析するが内心は恐怖に包まれていた。それは魔力の塊だ。ドラゴンが実在して目の前にいるわけじゃない。しかし、その暴力的な目を向けられた瞬間、身体が竦んで動けない。


(不味いな。とてもじゃないけど戦える精神状況じゃなくなってきた。やべー)


 戦っても負ける事はないだろう。勝てる可能性だってある。けれど、その可能性を押し潰すかのようにドーム全体にドラゴンの咆哮が響く。

 空間が痺れるように震え、魔力によって重力が増し、胸の内から根源的な恐怖が溢れ出す。


「仁ッ!仲間を連れて撤退ッ!」


「雨傘はどうする?!」


「彼と戦うよ」


 雨傘は数度の思考で作戦を変える。こうなってしまった以上、王国の異界者を全滅させる事は不可能だ。解放された加護の能力は使い方によって全てを巻き込んで破壊の限りを尽くすものもある。

 死なば諸共でコチラの異界者を殺されたら今後の戦いに響く。


(だからって何も得られず撤退はしたくないよね)


 恐怖で全身が震えそうになりながらも、雨傘は余裕の笑みを作りながら魔法陣を展開させる。


(ここで戦わなきゃ願いは叶わない。

この戦いを経験値とさせてもらうよ!!)


 仲間達を逃がしながら、雨傘千里はニコリと笑みを浮かべる。



▼▼▼


 全身に激痛が走る。雨傘千里の魔法をギリギリで回避できた俺は、片腕を押さえながら神崎達が入っていったであろう洞窟の近くで木に凭れながら休む。


 洞窟から濃密な魔力が溢れ出し、ゴーラ帝国の異界者が撤退していくのを見ながら俺は緊張を解いたようにため息を吐く。


 これ以上の介入は必要ないだろう。一応神崎が加護の力を解放できなかったシナリオも考えて行動していたが、無事予想通りに覚醒してくれた。


「まぁ、それでも万が一はあるしな。もしもの時は東とリエナだけでも逃すか」


 まぁしかし、雨傘千里の存在は警戒しているが、神崎やカイドはそれほど心配していない。

 危機的状況に追い込まれるほど、力を発揮していくのが『勇者』と呼ばれる存在だ。カイドにはその素質があったし、神崎にもそれが感じられた。

 凡人がどれだけ努力しても、彼等は一息で超えていく。まるで神に愛されているかのように、数々の武術を極め、数度の練習で難易度の高い魔法を発現することができる。


「面倒は仕事はパスだ。神崎誠は『勇者』の素質があった。今回のゴーラ帝国の異界者達の襲撃がそれを証明してくれた。

あとは任せるさ」


 雨傘千里から放たれた最後の魔法でわかった。加護持ちとそうでない者との違いが。とてもじゃないが、今後戦う相手とするには相手が悪過ぎる。


「これからは楽に生きるとするさ」


 最低限の情報は仕入れることができた。彼等の今後は神崎がいれば問題ないだろう。後は勝手に世界でも救ってくれ。


「……」


 俺は知らず知らずのうちに拳に震えるほど力を入れて握り締める。


 スーリエの人生には後悔しかない。全てを奪われ、願いは断たれるばかり。やっとの思いで見出した役目すら果たせず、大罪人として処刑された。


 洞窟の中から巨大な爆発音が響き、地面が揺れる。木々がザワザワと音を立てて揺れ、鳥類が空へと飛び立っていく中、俺は全ての終わりを悟って目を閉じる。


 心地の良い風が吹いた。






▼▼▼


 後日、王国の異界者達がゴーラ帝国の異界者達の襲撃を退け、神崎は加護の能力を覚醒し、また、強者との戦闘によって異界者達は驚異的な成長を遂げた。

 敦に関しては、まだ傷が完治していないが問題なく会話できるまでには回復。


 リヴァイアズル帝国の異界者二人は王国との協力関係を続けることとなり、監視付きではあるが、ある程度の自由が保証される形で王国領に住む事が決定された。


 そして生徒の一人であるあずまは敦を救った功績もあり、カイド達に迎え入れられ、リエナも不服ながらあずまに付き添うように国王から助力感謝の報酬を賜ることになる。




 そして、霧島水は、雨傘千里との戦い以降、忽然と姿を消した。

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