第30話


▼▼▼


 俺は、まぁ、普通の男子高校生だ。

 周りに合わせて生きる。家族に合わせる、友人に合わせる、他人に合わせる。そのことに疑問を持ったことは無かったし、それによって嘘をついてしまうことに罪悪感は無かった。みんなやっていることだったからだ。


 でも、お前は違った。

 何時もみんなの中心にいて、笑顔を振りまいて、勉強も運動神経も抜群で、完璧な男だった。イジメに近いイジリにも反抗し、ストーカの被害にあっていた女子生徒を助ける。まさに漫画に登場する主人公みたいなやつだ。


 そんなお前に、俺は憧れた。

 こんな奴になりたいって、本気で思ったんだ。いや、クラスの男子はみんなそう思ってたんじゃねぇかな。


 お前は、みんなの憧れだ。だから、折れちゃいけねぇ。諦めちゃいけねぇ。何より、自分の願いを諦めちゃいけねぇんだ。

 俺は知ってる。お前は何時も俺の馬鹿弟の話をすると羨ましそうに笑ってた。お前の両親は随分前に他界したって聞いてたし、だからそういうことなんだよなぁって漠然と感じてた。


 それから異世界に来て、願いが叶うって話をされて、お前は皆で帰るんだって言ってたけど、俺には何となくわかってたんだ。


 それが、どんな形で願いが叶うのかはわからねぇし、お前が納得できるのかも、その時になってみたいとわからないけど、お前がそう願うのなら、俺は叶えてやりてぇ。


 だって、お前には何時だって前を向いていて欲しいんだ。

 何時までも、俺の憧れるかっこいいお前でいて欲しい。


 そして何より、大切な友達だからな。



▼▼▼


剣の刃が折れ、宙を舞って神崎誠の横に突き刺さる。

眼を見開いた。身体が瞬時に動いて倒れる友人の身体を支える。腹からドクドクと血を流し、触れる身体からは生気が感じられない。


「あ、あつし…?」


 何が起こったのかわからない。周りではまだ戦いが続いているが、そんなバカでかい戦闘音も今は遠くの出来事のように感じる。


 黛仁が放心している神崎に詰め寄るが、そのことに一早く気が付いたカイドは盾のバリケードを超えて黛仁の振り上げた剣を止める。


「神崎ッ!一度引けッ!!」


「は、はい…」


 青ざめた表情で敦を抱えていく。


「異世界人を過信し過ぎたな、王国の英雄」


「いいや、過信しよう。

この場を乗り切り、彼らはもっと強くなる」


 カイドは黛仁の剣を弾いて素早く周りを確認する。黛仁ほど飛び抜けた実力を持つ者はいないようだ。実際狭い洞窟の中で上手く連携が取れておらず、数の有利を得ていてもなお、持久戦を続ける真司や美希に苦戦している。そして、最後に神崎の方へと一瞬だけ視線を向ける。騎士たちが守る盾の向こうで生気のない神崎が敦を見る。


(絶望的な状況だな…)


 カイドはただ静かに持久戦をし続ける。


「苦戦してはるなぁ」


 それは小さい声だったが、神崎の耳にしっかり入ってきた。

 懐かしい声。おかしな関西弁を喋る学校一謎の多い人物。


「……あずまくん?」


 二股に分かれた尻尾と美しい毛並みを持つ白猫は同級生と同じ声で喋る。


「もうすぐスーちゃんが来るから安心してええよ。それより、敦はん、大変なことになってはるなぁ。治すことはできへんけど、死を遅らせることならできるで」


「ほ、本当か!!?」


「今やってるから安心しぃや」


 そう言ってあずまがによりと笑った瞬間、突然通路の方からゴーラ帝国の異界者達が吹き飛ばされてくる。全員王国側の増援を警戒して入口に配置させた者達だ。


「なんだぁ!!?」


 流石に全員が戦闘を中断して通路の方へと視線を向ける。

 土埃が晴れ、そこに立っていたのは紫色の髪をたなびかせる美しい女性だった。


「ケット!!清々しい気分だぞ!!殺せないのは残念だが…」


「そら良かったなぁ」


 紫色の髪を持つ女性、リエナはニコニコと満面の笑みで片手に持っていた異界者を放り投げる。


「何者だ、貴様。

我々もまだ未熟とはいえ異界者だ。そう簡単にやられるものではない。王国の異界者か」


 黛仁はカイドから離れ、仲間たちと合流する。

 カイドも騎士達と合流し、突然の乱入者に視線を向ける。


「君は、私たちの仲間なのかね?」


「いまのところはそうやなぁ。

僕の名前はあずま、よろしゅうしてや、カイドはん」


 によりと笑うあずまにカイドは疑惑的な視線を向けるが直ぐに思い直す。不可解なことはあるが助けられたのは事実だ。


「私のことを知っているのか」


「有名人みたいやからなぁ。

それより、早く正気に戻って気合い入れ直した方がええよ」


 あずまは神妙な声で神崎に語り掛ける。


「どういうことだ」


「あちらさんのボスがコッチに向かってる。時間は稼いでるけど、多くは無いよ。

せやから神崎はん、はよ立ち上がったらどうや?」


 あずまの言葉に神崎はピクリと身体を揺らす。自分では敵わないと理解してしまった。敦のためにも立ち上がりたい。そう頭では思っていても、身体は動かない。


 騎士達が構える盾の向こうで、乱入してきた女性が暴れまわっている。もうすべて彼女に任せてしまおうか。そんな気さえしてくる。


「ええの?」


 眼を閉じようとした瞬間、あずまが神崎を見上げる。

 視線を横に向けると倒れている敦の姿がある。


 怖かった。辛かった。泣きたくて、逃げ出したくてたまらない。

 それでも、それだけはできなかった。


「ええこと、教えてあげよっか」


 二股の尻尾を持つ猫はによりと笑いながら神崎を見上げている。


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