第29話
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セーフエリアに到着した俺達は緊張に包まれている。
作戦は既に出発前に終わらせている。あとはゴーラ帝国の異界者が来るのを待ち構えるだけだ。
コチラがダンジョンから出てくるのを待たれていた場合も想定しているらしいが、カイドさんが言うには、その可能性は低いらしい。ゴーラ帝国の異界者達の人数は30人程度。ほぼ全員で攻めてきているため、何日も自国を守る戦力が低下させたままにはしておけない。それ故に出待ちされていたとしても三日が限界、そしてその分の食料は持ち込んである。節約すれば一週間は持つだろう。
万全だ。
でも、俺の心臓は暴れるのを止めてはくれない。
それは皆もそうだろう。
「敦、大丈夫?」
「あ、あぁ、問題ないぜ」
そう言って笑って見せる敦だが、声は震えている。
恐怖で身体が上手く動かないのだろう。
「真司、少し身体を温めさせてくれ」
「あぁ?
構わねぇが敵がいつ来るかわかんねぇんだぞ?」
「その時は戦う相手が変わるだけさ」
「はっ、いいねぇ」
真司はニヤリと笑って見せる。
流石だ。こんな状況でも真司は怯んでいない。緊張感の中にあっても平常心を保つことのできる精神力をもっている。とても同じ高校生には見えない。
「いいですよね、カイドさん」
「あぁ、ほどほどに暴れておけ」
「よい、真司。
魔法は無し、組手だけだ」
「あぁ」
そうして、真司と組手を始める。
足のステップと拳打ち方。攻め時、引き時。真司はコチラの攻撃を的確にいなしてくる。
もっと集中しなくちゃ当てられない。もっと攻めなくちゃダメージにもならない。
「もっと強くなくちゃ…」
自分の精神が、深い意味の底へと落ちていくのを感じる。
今、真司に拳を打ち出している自分が他人であるかのように、客観的に映る。
自分の動きと真司の動き。
コチラを見る敦の顔。寺島さんが呆れている顔。水橋先生は笑っている。
視野が広がる感覚。
これがユグドラシルの加護の力なのだろうか。
その時、この空間の存在する人間以外の誰かを知覚する。
それは大勢で、真っすぐコチラに向かっている。
「おい、どうかしたか?」
動かなくなった俺を不自然に思った真司だったが直ぐに異変に気が付く。
俺たちの反応を見たカイドさんは迅速に部下へと指示を飛ばす。
「…来る」
突如、セーフエリアに入る入口から、無数の魔球が飛び出してくる。
「魔力を流せ!!」
魔球がコチラに到達する直前、後方で盾を構えていた騎士たちの盾が赤色に発光し、俺たちの前に巨大な魔力壁を発現させる。
魔力回路を繋げることで巨大な魔法を発現させる技術。これによって、致命傷となる攻撃は全てカイドさん達が守ってくれる。
「行くぞ」
俺は誰に言うわけでもなく、剣を引き抜いて魔弾を全弾受け止めて消滅した魔力壁を超えて前に出る。
多人数と戦う時の訓練は嫌というほどやってきた。
天井が低く、狭いセーフエリアでは人数の有利は作りにくい。
だからと言って勝てるわけではないが、彼等から全てを学べ。
今ここで、俺は戦いながら強くなる。
俺は剣を構えながら目の前に立つ男を見る。
灰色の髪と頬にできた切り傷を持つ男。天津賢人から仲間を守っていた男だ。
「ッ!!」
突然目の前から男の姿が消えた。
俺は反射的に剣を防御の体制で構えた。
挨拶は無かった。いや、これが挨拶だと言わんばかりに剣を振るわれた。それは一瞬で、もう少し速ければ俺の目では捉えきれず、胸からバッサリと斬られていただろう。
腕が軋む。受け止められたのが奇跡なくらいだ。
次は剣を弾かれ、殺させる幻覚が見えるようだ。だが、まだだ。真面に受けることはせず、受け流す。それで時間を稼ぐ。
「あぐッ!」
再度剣を振るわれる。
恐ろしい速さだ。一瞬でも気を抜けば殺される。だが、まだ。あともう少し。
あともう少しで剣筋がはっきりと見える。
稲妻のように速く、振るわれる剣は岩石のように硬く重い。それが連続で振るわれる恐怖。身体も心も潰れそうだ。
それでも、剣だけは離さず、受け流していく。
ガキンッ!!
剣をすくい上げられた。全てを受け流すことは不可能。実力差は圧倒的で、時間稼ぎすらできるか怪しい。けれどできなきゃ死ぬ。受けきれなかった対処も、できなければ死ぬ。
咄嗟に後ろに飛んだ瞬間、腹を蹴られる。
内臓が押しつぶされた。肺の空気が全部抜けて、自分が何をされたのかもわからず、記憶が一瞬吹き飛んで、地面に蹴り飛ばされた。
胃から込み上げてくるものを歯を食い縛りながら耐え、両足に力を入れる。
立たなきゃ。次が来る。
殺される。立たなきゃ。
朧げな思考で、必死に立ち上がろうとするが、願いは空しく足は動かない。
(立て!立て!立つんだよチクショー!!!
ここで終わりか?
何も得ず、やっぱり無理だったって諦めて、ここで本当に終わるのか?
願いが叶うなんて夢物語で、あっけなく俺は死ぬのか)
舐めていた。
急激に強くなっていく自分に酔っていたのだ。自分は誰よりも強いと錯覚していた。ただの高校生の自分が命を懸けた戦いで勝てるわけがない。
調子に乗って格上に挑んだ結果は何も得られず死亡。あまりにもあっけなさ過ぎて笑い話にもならない。
だんだんと足に力を入れる気力もなくなっていく。
死に際で思い出すのは両親の姿。
物心がつく前に他界しているので、そういう人がいたということをなんとなく覚えているだけ。顔は写真でしか見たことがない。けれど、二人とも、優しそうな笑みで俺を抱いていた。
両親に会いたい。生き返らなくてもいい、少し言葉を交わすだけでいい。
俺の名前を読んでほしいと思った。
どうか俺を愛してほしいと思った。
子供の頃、何度願っても叶えられなかったもの。
▼▼▼
黛仁は目の前で倒れている男を見る。
素晴らしい才能だと思った。このまま長引けば負けていたのは自分だったかもしれないと思うほど。
発現するは炎。
形成するは槍。
「素晴らしい才能だ。君には敬意を表する。
故に、完膚なきまでに殺そう。君は厄介な存在となる」
黛仁が発現するのは炎を凝縮したような投擲に適した細い槍。
炎は破壊力に特化した属性。また、一つの形を持たない炎を造形魔法として発現するのは難しい。だが、困難ではあるが、不可能じゃない。
黛仁はその荒業をやってのける。
黛仁は焼け焦げるような腕の激痛に顔を顰める。
本来は発現者に魔法のダメージは無い。しかし濃密な魔力を伴う魔法に関しては自身のコントロールできる威力を超えるため、ダメージを負ってしまう。
歯を食い縛る。覚悟は既にできている。
空間を貫きながら投擲された炎の細槍は真っすぐ神崎誠の心臓へと向かっていく。
「死ね、王国の異界者」
もはや避けることは不可能。
家族の愛が欲しい。そう願った神崎誠の目から涙が零れる。
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