第28話


ダンジョン内に入ろうと気が休まることは無い。

ダンジョン内は魔物が跋扈する魔境。比較的最近できた低層のダンジョンと言えど、油断をすれば命を落とす。


コンクリートで作られたような、妙に綺麗な床と煤けたように黒ずんだレンガの壁が何処までも続く迷宮。その中をカイドは馬車を走らせる。突如飛び出してくる魔物は馬に騎乗した騎士達が切り伏せる。

そして地図を見ながら魔物の少ないエリアを目指す。

後方から戦闘音が聞こえないため、追っては来ていないのだろう。しかし、連中が逃がしてくれるとは思わない。ダンジョン内では天井が低いため、浮遊魔法を使った遠距離射撃はできない。だが、相手の利点を封じたとしても、自分たちの状況は袋小路に追い詰められている状況。

コチラの劣勢は変わっていない。


「追っては来ねぇな。

バルデリットの能力で数十人は負傷者が出たはずだ。ここで追ってこないとなると回復に努めてんだろう」


「相当お前達を警戒してるみたいだな」


「まぁ、転移して直ぐにゴーラ帝国で暴れまわったからなぁ。

異界者を強くするためとはいえ、無謀な突貫、無理な采配、無茶な戦闘継続。もう散々こき使われたよ。

最初は30人くらいいたけど、今は半分も残ってないんじゃないかな?」


「それほど過酷な国なら王国に付けばいい。

お前たちが協力してくれるなら、こちらの異界者の契約達成の道のりも近くなるだろう」


カイドは前方から視線を外す事なく馬車の上に乗っている二人に問う。


「どうするよ、賢人」


「…そうだな。

じゃあ聞くが、ユグドラシル契約の達成条件、何故戦争の終結なんて嘘をついたんだ」


「…何のことだ?」


「はっ!しらばっくれるな。

契約達成条件があまりにも曖昧過ぎる。願いは世界平和か?

笑わせるな。

王国は何が狙いだ?」


カイドは口を閉ざして沈黙する。

ゴルゴン王と神崎達の関係を見れば、ゴルゴン王は良き王なのだろう。身勝手な理由で召喚し、戦いを知らない若者に命懸けの戦争をさせていることを理解し、神崎達に礼を尽くしている。

しかし、人として素晴らしい人格者であるでは王として民を守ることはできない。


この会話はガタガタ揺れる車輪の音や魔物の呻き声によってかき消され、神崎達には届いていないだろう。

カイドは賢人の問いに答えることなく馬を走らせる。


「言いたくない、か。

まぁ、それが言えないなら俺達はテメェ達の仲間になるつもりはねえ」


「あーっと、ここで俺が口を挿むのはどうかと思ったんだが言わせてくれな」


雪斗が後方の監視を中断してカイドに視線を向ける。


「なんだ?」


「あいつ等は覚悟を見せた。

何も知らず、何も願っていないのに、この世界に召喚されて命懸けで戦うことを強いられた。俺達とじゃ根本が違うんだよ。

それでもあいつ等は戦う姿勢を見せた。

お前がどれほどの英雄かは知らないけどさぁ。

あんまし舐めんなよ?」


普段温厚な雪斗が最後の言葉だけには殺気にも似た怒気を孕ませていた。

それを見ていた賢人はチラリと雪斗を見た後に視線を後方に向ける。恐らく、覚悟という一点において、雪斗を上回る覚悟を持つものはいないだろう。それほど、雪斗にとって契約は必ず果たさなければならないもの。

自分の命が燃え尽きようとも叶えたい、願い。

賢人だけはそれを知っているため、何も言わなかった。


「知っているとも、彼等の覚悟は」


カイドは誰に聞かせるでもなく、ポツリと呟いた。


異界者を乗せた馬車は真っすぐダンジョンのセーフエリアに向かって、進んでいく。



▼▼▼


辺りに漂うのは、焦げた匂い、黒煙、土埃。

視界は遮られ、けれど迫り来る魔球は精確だった。


雨傘千里は素直に驚いていた。

目の前の男は加護持ちではない。いや、加護持ちかどうかが曖昧だが、少なくとも彼は一度も加護の能力を使っていない。

それなのに自分と拮抗した戦いをしている。


両者を見ればボロボロなのは霧島水なのだが、それは土埃や泥によって汚れたものであり、怪我ではない。


「…驚愕だ。私も加護の能力は使っていないが、いや、別に悔しいから張り合おうとしているわけではないぞ、うん」


「一々小さいことを気にするなよ、それで?」


「加護持ちは魔術的才能も高くなる。

しかし、君はそれでも私と拮抗した。故に驚愕しているんだ。

君は見事私から加護持ちの猫を守り抜いてみせた」


「お褒めに預かり光栄だな。

つまり、もうお前は俺の仲間を追わないってことか?」


「あぁ、そうだ。私は直ぐに仲間と合流することにしよう」


雨傘千里がここにいるということは、既に神崎達はゴーラ帝国の異界者に襲撃されてるか、される直前なのだろう。

ただでさえ、劣勢なのに雨傘千里まで加わるとなるとリヴァイアズル帝国の異界者二人でも厳しい戦いとなる可能性がある。


霧島水はせめてダンジョンに入るまでの足止めくらいは必要だと自身の身体に魔力回路を生成する。


「そっか。じゃあギリギリまで足止めさせてもらうわ」


「…なるほど、逆の立場になるな。

しかし、良いのか?

此処で私の足止めをするということは君が王国側の人間であることを示すことになる。私は今後王国をより警戒することになるが…」


「俺が王国側の人間であることはタイミングを考えれば推察できるだろうが。

まぁ、他国の密偵が調査に来たとも考えられるが、それなら異界者の猫一匹を連れてるのは不自然だ。

王国側であると考えるのが自然だろう」


「そうだな。私もそう考えていた。故にこの問答は不要か」


雨傘千里は腕を組みながら頷き、周囲に魔法陣を展開させる。

人体に魔力を流して魔法を発現するのに必要な魔力回路。それとは別の方法で魔法を発現させることができる魔法陣。

内部からの発現。

外部からの発現。

魔法陣は魔法を儀式として発現させるため、魔法陣という儀式を理解していれば魔法の扱いに長けていない素人でも発現できる。しかし、その反面魔法陣は相手に発現する魔法の情報を与えてしまうため、対応されやすい。


雨傘千里ならば魔法陣を使わなくとも強力な魔法を魔力回路から発現させることができるだろう。

しかし敢えて、この状況で魔法陣を展開した。


魔法陣とは儀式だ。

儀式とは魔法陣だけではない。魔法陣は儀式の一部でしかない。

魔法陣の役割は発現させる魔法の選択にすぎない。


しかしそれでも魔法使いの中には魔法陣を好んで使う者も多い。

その理由が数ある儀式の中で一番有名で強力な儀式の存在だ。


「情報開示の儀式ッ!

魔法陣を相手に見せることで発現する魔法の性能を引き上げる…ッ!!」


霧島水は全身から汗が噴き出るのを感じる。

魔法陣の情報は見た。これから発現される魔法を見て鳥肌が立つ。


(あぁ、クソ!

何で加護持ちの足止めなんかできると思いあがったんだ!?!?!)


ただでさえ強力な魔法が情報開示の儀式によって更に威力が高まっている。

もはや逃げるのは不可能、霧島水の思考はどうしたらこの危機的状況を打破できるのかに全ての意識は向けられている。


「逃げさせてもらう」


雨傘千里の回りに展開された魔法陣がすべて照準を向けるように霧島水へと向けられる。


「やべぇ」


突如、空間が爆ぜた。

耳を劈く爆音と大地が消し飛ぶ衝撃。その爆風はバスティアゴルまで届いたほどだ。美しい草原は消え、そこには大きなクレータ―しか残らない。


数時間後バスティアゴルの騎士たちが馬を走らせて調査に来るが、そこには誰の姿も無く、浮遊魔法を使用した痕跡しか見つけることができなかった。



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