第26話


▼▼▼


ガラガラと車輪が揺れて馬車が進んでいく。

ダンジョン攻略を行いながらゴーラ帝国の異界者と戦う。最初は王国で保護するべきだという意見もあった。


確かにまだ未熟な異界者を危険に晒して死んだら王国の損失は大きい。まだ戦わせるには時期じゃないと考えるのも当然だ。


しかし、リヴァアズル帝国の二人が実践して見せたように、命を懸けた戦いは異界者を大きく成長させる。

命の危険が無い訓練と命を失う可能性のある戦闘では得られる経験値の質がまるで違うのだ。


故に、リスクを冒してでもゴーラ帝国の異界者と戦い、加護の能力を発動させなければならない。


「いいか、もう一度確認するが、戦闘が始まれば俺達はお前達を守れないし守らない。必死こいて生き延びろ」


天津賢人の声に全員がゴクリと唾を飲む。

ゴーラ帝国と戦うメンバーは神崎誠、坂本敦、榊原真司、水橋修、寺島美希の5人だ。現状他の生徒達と比べて実力が突出しており、生存能力も高い故に選出されたメンバーだ。

メンバー候補は他にも数人いたのだが、ダンジョンは王国領内に存在するため、襲撃してくる異界者は少ないだろうと判断し、コチラも動きやすくするために最小限の人数となったのだ。


「ある程度戦ったら逃げる。

そもそも相手がゴーラ帝国の異界者じゃあ勝ち目は無いに等しい。俺達でも押しとどめるのが精々だ。

逃げるタイミングはそっちが判断しろ。

これ以上の戦闘継続は不可能と判断した瞬間にな。

俺達は俺達で勝手に動く。これは協力じゃねぇ、共闘だ。

連携なんて求めてくんじゃねぇぞ」


「お前らはどうするんだよ」


坂本敦は荒島雪斗に尋ねる。

王国の異界者はある程度経験値を稼いだら即逃走に移る。しかし、荒島雪斗達にはゴーラ帝国の異界者を倒すという目的があるはずだ。


「俺達も今回のゴーラ帝国戦を無駄なものにしたくない。

勝利はまず間違いなく不可能だけど、一人二人削るくらいは考えてるよ。

今回は坂本達もいるしな。乱戦に紛れて殺せればラッキーだ」


簡単に殺すと言ってみせた荒島雪斗に寺島美希は凍りつく。荒島雪斗は天津賢人に比べて物腰も柔らかく、フレンドリーな性格だ。しかし、時折見せる殺意は天津賢人と同等なもの。

話を聞けば彼等も寺島美希達と同じく争いの無い世界から転移されて来ている。


(他人の命を奪ってでも叶えたい願い…)


寺島美希は恐怖と緊張で震える身体を押さえつけながら目を閉じる。

自分にはそんな覚悟は無い。

しかし、元の世界に帰りたいと願う思いは本物だ。


(生き延びてみせるわ)


寺島美希は何度も大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。



▼▼▼


『乗り心地はどうだ?』


「悪くないな」


「風が気持ちえぇなぁ」


『ふふっ、そうか』


俺は獣化したリエナに乗りながら神崎達が目指しているダンジョン近くの街に向かっている。神崎達は既に街に到着し、数日の休憩を挟んでダンジョンに向かっているだろう。


「本当なら同じタイミングで街に着きたかったんだけどな」


「スーちゃんが寝坊するからやね」


『寝坊した挙句に行きたくないとか言ってたな。

それで、数日遅れての出発となった』


「いやぁ、俺って面倒な事ってギリギリまで放置するタイプなんだよ」


「せやねぇ、スーちゃん学校で出された課題とか提出期限ギリギリで何時も提出してはったしなぁ。

水橋先生も怒るに怒られへん感じやったわ」


「嫌なことは明日の俺がやる精神で生きてるからな。

だから今日の俺は昨日の俺を恨む」


「スーちゃんは相変わらずやなぁ」


『あぁ、スイは相変わらずだ』


何だか二人が意気投合している。

まぁいい。本当の面倒事は明日になるだろう。ならば今日の俺はギリセーフだ。

明日の俺、頑張れ。


そんな馬鹿な事を考えていると街を囲う壁が見える。

バスティアゴルと呼ばれる街、通称冒険者の街だ。数々のギルドが存在し、多くの冒険者が住む街である。


「そろそろ止まってくれ」


『分かった』


リエナは美しい草原の丘で止まり、俺達を下ろすと獣化を解く。全身が紫色に染まり、ぐにゃりと粘土のように形を変えて人型に戻る。


「何度見ても不思議やなぁ」


「そうだな」


前世では全然気にしなかったが、霧島水として生きてきた経験から、改めて魔法というのは人間では理解できない神秘なのだと理解できる。


「さて、行くか。

宿は決めているのか?」


「あぁ、前世でよく利用してた宿がある。

飯も上手いしサービスも良い。少し値は張るが快適に過ごせる場所だ。

ん?……あー、マジか」


「どうしたん?」


突然、強烈な魔力の塊を感知する。

念の為に展開していた魔力探知と呼ばれる魔法。自身の魔力を薄く広範囲に放出する事で魔力に触れた生物を感知できる優秀な魔法だ。

それに引っかかった者がいる。


その者は逃げも隠れもしなかった。

踝の横に小さな魔法陣を展開させながら、堂々と姿を現す。


「異質な魔力を感じて来てみれば…。

なるほど、仲間には止められたが、来て正解だったな」


「誰だよ」


「あぁ、これは失礼した。

私はゴーラ帝国の異界者、雨傘千里だ」


そいつは栗色の頭をした少年。ブレザーの学生服を着ている。

だが、その目、その立ち姿は、とても高校生には見えない。鋭い眼光は俺を見ていない。見ているのはケットだ。


「ケット、お前はリエナと一緒に逃げろ。時間は稼ぐ」


「了解や。ほなリエナ、行こか」


「大丈夫なのか、スイ。

アイツ、ヤバイ匂いがする」


「死ぬことはねぇよ、安心しな」


「私の目的は王国の異界者を殺すことだ。

その猫、異界者だろう。王国の異界者かは判別できないが、異界者であるなら抹殺対象だ」


雨傘がそう口にした瞬間、リエナが獣化をし、その身体にケットが飛びついた瞬間全力でその場を離れる。


「逃さ…ッ!?!」


逃げる二匹を追うために浮遊魔法陣に魔力を流そうとしたタイミングで、俺は魔球を魔法陣に当てて雨傘を落とす。雨傘は再び魔法陣を起動させた落下を軽減させてから地面に降りる。


「相手は猫だ。見逃したらどうだ?」


「個人的には見逃したいな。猫派だし。

しかし、貴方は魔法使いだったのだな、今の魔球は見事だった」


「余裕そうな顔で言われてもなぁ」


こうなってしまった以上仕方がない。

俺は複数の魔力回路を生成する。


「戦う気か?

加護持ちとそうでない者との差は知って……貴方も加護持ち、なのか?」


雨傘は首を傾げながら困惑している。

困惑したいのはこっちだ。未だに自分は加護持ちとして転移してるのか、それとも巻き込まれて来たのかわからない。


「まぁいい、貴方が私を止めようと立ちはだかるなら排除するだけだ」


俺は魔力回路に魔力を流しながら臨戦態勢をとる。


さて、どう逃げよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る