第24話
生徒達が暮らす部屋は王城の裏に位置している。
王城に仕える従者達の部屋だが、その空き部屋を利用しているのだ。
寺島は水魔法で身体を清めてから自室へと向かうため、騎士達が訓練する庭から王城へと入る。
王城内の警備は厳重で自室へと行くまで、複数の扉を通るのだが、必ずそこには門番が立っている。
寺島は首に掛けた王家の家紋を門番に見せることで扉を通る。
「あぁ、ちょっとそこの君、道を訪ねてもいいかな?」
不意に声がかけられた。
その声があまりにもフレンドリーで思わず警戒することなく振り返り、全身が凍りつく。
「王様の部屋って何処かな?」
「あ、貴方達は…」
寺島は自分の心臓がドクドクと暴れているのを感じる。日菜子も目の前の人物を見て顔を青ざめている。
何故ここにいるのか。
どうやって王城に侵入してきたのか。
様々な何故が溢れてくるが、それらを全て飲み込んで寺島は日菜子を下がらせる。
「王様部屋、あなた達、何が目的なのよ」
「睨むな。
今回はテメェらを襲撃しに来たわけじゃねぇ。
大人しくしてたら何もしねぇ」
目つきの悪い男が怠そうに答える。
「あなた達の存在を先にゴルゴン王とカイドさんに報告するわ。
その上でゴルゴン王の判断を仰ぐ」
「それでも構わねぇよ。
なら、伝えておけ。今回はお前達にも有益な情報を持ってきたとな」
「有益な情報?」
「ゴーラ帝国に召喚された異界者のことについてだよ。
ま、安心してよ。俺達が君達に手を出すことは今後無いからさ。
最初に攻撃したのだって異世界人を賢人に喰わせる為だったけど、もうそれは無理だしね」
「雪斗、テメェは黙ってろ」
「はいはい、悪ーござんしたね」
寺島は急いで近くの門番に事の次第をゴルゴン王に伝えるように言うと、ものの数分で二人は騎士達に拘束されて連れてかれる。
そして二人は手足を拘束されたまま巨大な魔法陣が書かれた床の中心に座らされ、カイドさんと騎士数人が二人に剣を向ける。
ゴルゴン王は魔法陣から一番離れた位置に立ち、戦闘訓練に参加した初期メンバーが魔法陣を取り囲むように立つ。
「不用意に動かないことだ。
動けば貴様の頭が落ちることになる」
「悪いが加護持ちでなきゃ話にならねぇ。
その加護持ちはまだヒヨっ子だしな。逃げるくらいなら簡単だ」
カイドの威圧に目つきの悪い男、賢人は冷静に答える。
「カイド、良い。剣を下ろせ」
「しかしゴルゴン王ッ!」
「奴の言葉は事実である。
その男に勝てる者はおらん」
カイドは悔しさを滲ませながら剣を下ろす。
彼は一度、異界者二人との戦闘で競り合ってみせた。しかし今回は初めから挑むこと無く不可能とゴルゴン王は判断した。この短期間でそれほど実力が離れてしまったのだろう。
その事を理解した神崎誠は腰に下げた剣の柄を握る締めながら額に汗を滲ませる。
「名を問おう」
「リヴァアズル帝国の異界者。
荒島雪斗だ」
「天津賢人」
「そうか。
して、有益な情報があるとの話だが?」
「そうだな。
その事を踏まえて、ゴルゴン王」
天津賢人は縛られ、剣を向けられながらもニヤリと口角を吊り上げて笑う。
「俺達二人と同盟を結んでもらう」
提案では無い。その言葉は強制に近いものだ。
カイドは王に無礼を働く天津に怒りを滲ませて刃を首に近づけるが、最早天津はカイドを見ていない。
不敵な視線はゴルゴン王にだけ向けられている。
「ほう。同盟か。
リヴァアズル帝国ではなく、貴様らとか?」
「あぁ。こっちはリヴァアズル帝国から逃げてきた身だ。
異界者と言えど人間。何処かの国の庇護下に入ろうと思ってな」
「リヴァアズル帝国から逃亡してきたと…。
根拠はあるのかね?」
「根拠ねぇ。
武器を召喚してくれたら根拠が示せるぜ」
「良かろう」
「ふーん、不用心な事だな」
そう言って天津賢人は武器を召喚する。
右手には二メートル程の長さを持つ漆黒の細槍。左手には全てが銀色に塗られた手斧。
それが、リヴァアズル帝国から逃げてきた根拠になる。
ゴルゴン王は理解出来ず、目を細めるが、カイドは直ぐに理解して驚愕する。
「ゴルゴン王、この男には二つの加護が宿っています」
「なに?」
「俺に与えられた加護の能力は『悪食』。
喰った相手の加護を奪える力だ。これで俺はリヴァアズル帝国の仲間を喰った。
追われるのは当然だと思わないか?」
この男は危険だ。
誰もがそう思った。もしこの男が王国の異界者を喰らえば、その加護は天津賢人のものとなり、次第に手の付けられない存在となっていく。
能力をゴルゴン王に教えたのは愚策だろう。これでは無闇に情報を与えただけだ。下手をすればこの場で殺される。
だが、天津賢人はゴルゴン王に対して『同盟を結んでもらう』といった。
一度は敵対関係となっていた王国に対し、自らの能力を明かしながらも、そう言ってのけたのだ。
そこには何か理由がある。
「それほど強い加護を持ちながら、何故王国と同盟を結ぼうとするのだ?」
「あぁ、そうだな。
それには俺達の目的が関わってくる。
目的、つまりリヴァイアサンと俺達が交わした契約の達成条件」
天津賢人は更に口角を吊り上げて笑う。
荒々しい獣のような獰猛性と気迫を持って告げる。
「それはゴーラ帝国の異界者を殺すことだ」
「……。」
ゴルゴン王は静かにその言葉を聞いた。
リヴァアズル帝国が契約によって異界者に願ったこと。それはゴーラ帝国の異界者を殺すこと。
ゴルゴン王にとってそれはあまりにも予想外だった。
何故なら一度リヴァアズル帝国は王国に宣戦布告をしている。魔国と同盟を組んだ人間の敵だと。
ならば異界者に願うのは王国に対するものだと思っていた。
「テメェ等は魔国と同盟を結んでいることが原因と考えてるみてぇだが、ことはそう単純じゃねぇ」
「どういうことかね?」
「ゴーラ帝国とリヴァアズル帝国が敵対しているとは聞いていないが…そうだな。リヴァアズル帝国にとってゴーラ帝国は隣国。強国が隣ということは警戒して当たり前だ。
そして、リヴァアズル帝国が掲げる命題は天下統一」
「目立った敵対はしてない。
だがリヴァアズル帝国はずっとゴーラ帝国の隙を狙っていた」
「それが王国と魔国の同盟に対して宣戦布告した事とどう繋がるのだ」
「リヴァアズル帝国だけじゃゴーラ帝国は倒せない。だから他国を巻き込む必要があった。
そもそもリヴァアズル帝国以外の国々は王国を恨む理由が無い。魔族に対しての偏見はあるだろうが、それは民族間でも起こり得る事だ。
魔族だからという理由で戦争なんてのは度が過ぎる。そこに違和感は感じなかったのか?」
「価値観の相違、か」
「だな。あるとすればそれだ。
テメェ等王国は魔国の隣で、一番魔物の被害を受けている国だ。
それ故に魔族に対する偏見は大きく、人類の脅威と認識していたわけだが…」
「他国は、そう認識してなかった」
「いや、脅威とは思っていたさ。
だが、隣国でない以上、即時的な解決が必要だとは思っていなかった。
リヴァアズル帝国としては王国がヤバくなった時に考えよう、くらいにしか思っていない。
リヴァアズル帝国にとって最も優先されるのはゴーラ帝国だからな」
「それにしては巻き込み方が雑だな」
「いやぁ、そうでもねぇさ。
頭にヤニが詰まった馬鹿共にしては面白い巻き込み方だな。
だって各国が異世界人を召喚しちまえば嫌でも戦争が起こる」
「加護か」
「その通り。
ユグドラシルの加護
リヴァイアサンの加護。
神の名を持つ絶対的な何者かが与えたもんだ。少なくとも人間じゃ太刀打ちできない魔法を超えた神秘。
あらゆる過程をすっ飛ばして最強になれる力。
王国はその切っ掛けを与えてくれた」
「それが、勇者の選定」
「なんだ、分かってるじゃないか」
「全て、仕組まれていたことか」
「仕組まれたのか、偶然が重なった結果なのかは知らねぇ。
だが少なくとも勇者の存在によって各国は加護という絶対的な神秘があることに気づいた。
国の長として、手に入れたいと願うのは当然だよな?
そして各国が異界者召喚をすれば、必ず『契約』が必要になる。
異界者という強力な手札を持っちまったら…そりゃあ使うしかねぇよなぁ」
「なるほど·····」
ゴルゴン王は小さく言葉を吐いて沈黙する。
自らが戦争の引き金を引いてしまったのだ。
「私が魔国と対抗している間に他国は周辺国を警戒、侵攻していたわけか。
出遅れるわけだな」
否。
その言葉に後悔はない。
その言葉に嘆きはない。
あるのは人民を導く国家の王としての言葉のみ。
その迷いない言葉に賢人は面白くなさそうに口を歪めてから話しを続ける。
「ゴーラ帝国は今、王国の異世界人に目をつけている。
目的は単純、花開く前に摘み取る。
障害は障害となる前に打ち砕く。
俺達がやろうとしたことをゴーラ帝国はやる」
「ゴーラ帝国の異界者。
なるほど、大国に召喚された異界者。我々では適うはずもない。
貴様が同盟を持ち掛けたのは、それ故か」
「俺達と同盟を組め。例え授ける神が別であろうと加護の使い方に差異はそれほどない。
俺達の目的はゴーラ帝国の異世界人を殺すこと。テメェらの目的は、どうせリヴァアズル帝国を止めることだろ?
ここで召喚した異世界人の全員が死ぬことは本望じゃねぇはずだ」
「コチラに拒否権は無いな」
「それと、衣食住の提供な。
もちろん監視付きで構わねぇよ。俺達に付いてこれるかは知らねぇがな」
「良かろう。
どのような思惑があるかわかったものではないが、この異世界召喚を利用した争い事から王国が出遅れているのは事実。
毒を飲む覚悟を持たなければならん。
異界者、神崎誠よ」
「…はい」
「リヴァアズル帝国に召喚された異界者二人の監視役になってくれないだろうか」
ゴルゴン王の発現に賢人はピクリと眉を動かしたが、直ぐに平静を装う。
「分かりました」
「して、リヴァアズル帝国の異界者人よ。
ゴーラ帝国の襲撃は何時頃になるか」
「一週間は掛かるだろうな。
奴らは用意周到で確実性を重視する。つまり、確実な作戦と人員を動かせるまでは攻めてこない。
それでも一週間。ま、短いな」
「なるほど、流石はこの大陸で最も影響力を持つゴーラ帝国だ。
一週間後は異世界人達のダンジョン攻略がある。
そこで、ゴーラ帝国の異界者と争うことになる。
天津賢人とやら。作戦会議には貴様も参加してもらう。意見は出してもらうが、あくまで判断はコチラが行う」
「構わねぇよ」
そしてリヴァアズル帝国の異界者二人は王国の同盟者となった。
この事に不服を持つ者は多かったが、異界者が育ちきっていないのは事実。二人の同盟を受け入れるしかなかった。
神崎誠は一人、混乱していく情勢を思いながら二人の異界者の監視について考える。
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