第23話
▼▼▼
願いが叶う。
そんな話を聞いて本当に信じる人はいないだろう。
でも、実際に異世界に来て、騎士たちの厳しい練習とか、魔法なんてのを見せつけられると感じる。
あぁ、本当に叶うのかもしれないって。
眼を見開けば木刀が振り下ろされている。
当たる。
痛いのは怖いから反射的に避ける。
でも、待ってましたと言わんばかりに、そこに合わせて木刀の軌道が変わる。
なるほど、反射的に避けると読まれやすいのか。
ならこうだ。
木刀が当たる。
俺の相手をしているジンクさんが驚く。
当然だろう。彼は木刀が当たらないように寸止めしようとしていたはずだ。
それを俺は自ら当たりにいった。
頭がぐらつく。問題ない、急所は外した。
自ら当たりにいったことでヒットタイミングもずれているのでダメージも少ない。
腹ががら空きだ。
俺はそこに全力で木刀を振るう。
このチャンスを逃せばジンクさんには勝てない。
木刀は見事がら空きの腹にめり込み、ジンクさんの身体は地面に飛ばせれる。
周囲に沈黙が流れる。
あと一週間でダンジョン入りというこのタイミングで、俺は騎士の一人を倒した。
ユグドラシルの加護と環境だけがすべてじゃない。決して楽な道じゃなかった。
辛いことも、苦しいこともあった。
そしてようやく掴んだ勝利。
(先ずは、一歩)
もし本当に俺の願いが叶うのならば、俺は俺の持つすべてを使って願いを叶える。
「ちょっと誠ッ!大丈夫なの?!」
サポーターを取りまとめていた凜音がタオルを持って走ってくる。
どうやら頭から血を流していたようだ。
凛音からタオルを受け取って頭に当てる。
「うん、なんとかね」
「こっちにタオルは無しかよ」
「すみません!」
「ははっ、気にすんな」
むくりと起き上がったジンクさんにも凛音がタオルを渡しに行く。
「初めて決められたな」
「いえ、今のは木刀だったから勝てたんです。真剣なら俺の頭に当たった時点で俺の敗北です」
「あぁ、そうだな。
真剣なら俺の勝ちだ。だが、これは木刀での試合だ。
たらればはいらねぇ。テメェの勝ちは揺るがねぇよ」
「でもジンクさん手を抜いてましたよね?」
「手を抜いてたんじゃねぇ。油断ってやつだよ。
安心しな。テメェは下級ダンジョンじゃ死なねぇ。それより他の奴等をしっかり見てろよ」
「ジンクさんは来ないんですか?」
「王城が手薄になったら不味いだろ。
んじゃ、俺は少し休むわ。テメェらもダンジョンに向けてしっかり休んどけよ」
そう言って木刀で殴られた腹の傷を痛がる事無く去っていく。戦場を生きる騎士達は過酷な訓練の果てに自らの痛覚を遮断できると聞く。
カイドさん率いるユグドラシル騎士団の副団長であるジンクさんもその領域に達しているのだろう。
「真司!
相手をしてくれるか?」
薄手のタオルを頭に巻いて血を止めてから再度準備運動をする。身体に支障は無い。まだ動ける。
「誠…無理はよくない」
舞が小さな身体で精一杯背伸びしながら俺の頭をペシりと優しく叩く。
「そうよ。神崎は頑張り過ぎなのよ!
少しは休みなさい!」
凛音も舞に混じって俺を止めようとするが、それでも俺は木刀を握る。
「ごめん。確かに無理してると思うけど、もう少し感覚を覚えておきたいんだ」
「いいのかよ」
真司がニヤリと笑って木刀を振りながらコチラに歩いてくる。
真司には容赦という言葉がない。全力で、俺を殺すつもりで攻めてくるだろう。敦が相手では甘さが出て実践訓練にはならない。
それに、真司の実力は俺とほぼ同等だ。
「頼む」
「んじゃ、遠慮なくいかせてもらうわ」
真司の身体がブレる。
瞬きをすると目の前にいるスピード。
俺は木刀が振るわれる寸前でガードするが、暴力的な力に為す術なく吹き飛ばされる。
「相変わらずの馬鹿力だ」
俺は素早く起き上がって真司を見る。
真司の戦い方に型は無い。天性のバトルセンスによって無茶苦茶に攻めてくる。
それを可能とする異常な筋力。彼の身体強化の魔法は他の追随を許さない圧倒的なものだ。
単純な身体能力だけではなく、反射神経や思考の高速化もされている。
「俺も容赦はしないよ」
「あぁ?」
「魔術回路、構築」
俺の周りに火球が出現する。
下級魔法だが、狙いは火球を当てることじゃない。
じんわりと額から汗が吹き出す。
魔法コントロールは異常に神経を使う。そもそも魔法なんてものを信じていない俺にとって魔法は苦手分野だ。
前方に向けて打ち出すだけなら簡単だ。しかし、それを自由自在に動かすとなると途端に難易度が跳ね上がる。
「チッ!面倒なことしてきやがって!」
火球で狙うのは相手の誘導。逃げ回る真司に何度も火球を撃ち出す。
そろそろ真司がイライラしてくる頃だ。狙うのは火球を素手で弾いて無理矢理詰めてきた瞬間。
「クソッ!」
今だ。
真司が無理矢理詰めてきた。
その突進に合わせてコチラも前に出る。火球で撃ち出し相手の視界を遮り、少しだけ右に外れて側面から叩く。
「舐めんな」
前方へ踏み込んだ瞬間の火球だ。狙いは完璧で、避けるためにはもう一度素手で弾くしかなかった筈だ。
「アグッ」
火球を顔面で受け、それでも怪物のようにバックリと口を開けて笑う真司は痛みなど忘れて俺の首を捕まえる。
「今回は俺の勝ち、だな?」
「あぁ、降参だ」
そう言った瞬間、俺は真司によって地面に叩きつけられる。全身に衝撃が走る。もしかしたらバウンドもしていたかもしれない。
俺は血を吐いて気絶した。
▼▼▼
神崎と榊原の戦い。
目の前で繰り広げられる戦闘を誰もが黙って見ていた。
そして自分との実力差を思い知らしめられる。
しかし、それは同時に彼等にとって自信にも繋がった。
俺も努力すれば二人のように強くなれるかもしれないという期待。そして、二人がいれば大丈夫だという安心。
「何よ、神崎のやつ負けてんじゃない。ジンクさんからの続きだからハンデがあったようなものだけど。
まぁ、良いパフォーマンスにはなったんじゃないかしら」
「パフォーマンス?」
寺島は医務室に運ばれていく神崎を見ながら説明する。
「副団長を倒してから、二人を戦わせて、騎士よりも強い二人をみんなに印象付ける。そうすればダンジョンで怖がるような奴も減るでしょ?
あの二人がいるから大丈夫だってね。
あぁ、パフォーマンスと言ってもみんな全力で戦ってたわ。本当ならあそこで神崎が勝つ予定だったけど、結局榊原が勝ったしね。
どっちが勝とうがリーダーは神崎、エースは榊原の地位は変わらないから結果はどっちでも良かったんだけどね」
そう言って寺島は日菜子と共に自室へと戻る。
明日は王城を出て買い物だ。ダンジョン入りの必需品をギルドのハンターさんが教えてくれることになっている。
「美希は訓練しなくてもいいの?」
「適度な訓練と適度な睡眠、そして栄養を考えた食事。
スポーツマンの私にとって神崎達がやってる事あってオーバートレーニングにしか見えないのよね」
オーバートレーニングによって得られるものはある。けれど怪我の原因にもなるし、マイナスの要素が大きい。ユグドラシルの加護があるから多少のオーバートレーニングは問題ないとは思うが、寺島には馴染めない考え方だ。
「私は私のやれることをダンジョン攻略でやるの」
恐怖と不安を押し殺しながら、寺島はダンジョン攻略に望む。
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