第22話


▼▼▼


リエナはギルド内で忽ち有名なった。

その美貌はもちろんだが、凛とした姿からは想像もしない荒々しい戦闘スタイルで今やギルド内のエースになるのではと噂されている。

また、パーティーを組まずソロでダンジョンに潜るので、それが彼女が常識を逸した実力者であることの証明となり、更に噂を盛り上げている。


「スイ、やらせろ」


俺はベットで毛布に包まれながらリエナの声を無視する。

まぁ、彼女は毎日依頼を熟して日々の生活費を稼いで貰っている。俺は怪我を言い訳にして彼女の寄生虫をしているわけだから何かお礼をしなければならないのだろうが…。


(そのお礼が、俺との子を作るとか重すぎね?)


獣族にとって強い子を宿すことは当たり前だ。故に男は強くなければならない、女性は強い子を産むために健康でいなければならず、強い子を産むため強い男を欲す、という価値観がある。

それはわかっているのだが、前世でも今世でも童貞を貫いてきた俺にとって、子を持つハードルは高すぎる。


だが、子を作るのは無理でもリエナの息抜きには尽力しなければならない。最近はギルドのハンター達に言い寄られて神経をすり減らしているのだ。人間を滅ぼしたいと願う彼女にとっては苦痛だろう。


(何か代案はないだろうか……ん?)


何だか身動きが取れない。寝返りをしようとするが、まるで金縛りにあったかのように身体が押さえつけられている。


(怪我は完治したはずなんだが…)


俺はリエナに助けを求めようと目を開く。


「もう、我慢しなくても、いいよな」


そこには、頬を赤く染め涎を垂らしながら恍惚な表情で俺に覆いかぶさっているリエナがいた。


(さて、どうしたものか)



▼▼▼


なんとか守り切った。

単純な筋力勝負なら負けていただろうが、これでも前世は勇者一行の一人だ。

即座に魔術回路を構築し、魔法で眠らせてから市場へと逃げてきた。


リエナからの行き過ぎた好意は正直嬉しい。

彼女にとって、俺は自らの暴走を命がけで止めた存在であり、同じ気持ちを共有できる理解者でもある。好意を持たれるような事をしたのは事実だが、あそこまで積極的なのはどうかと思う。


「色恋沙汰は苦手だ」


前世で一度、想い人から盛大に振られているため、多少のトラウマもある。


「怠いな」


俺は市場を抜けた噴水広場のベンチに腰を掛ける。

思考放棄で通りを流れていく人を眺める。

エルフや獣族、頭に角を生やす魔族。俺がいた頃には考えられない景色が目の前に広がっている。


「嫌になるな」


ここにスーリエが生きていた証は無い。

知っていたはずだが、どうにも割り切れていなかったようだ。

俺はもうスーリエじゃない、水だ。

気持ちを切り替えてベンチを立ってからリエナが喜びそうなものを探す。

服には興味ないだろう。となれば、食事か?

しかしこの前外食したとき、胃に入ってしまえば同じだと男らしいことを語っていたため、喜びはするだろうが微妙なところだ。逆に俺が食われる可能性もある。


「もうわかんね」


そもそも俺は女性にサプライズプレゼントとかできる人間じゃない。

もう色々と面倒になった俺は宿屋に帰り、直接リエナに聞くことにした。


宿屋に帰ると案の定リエナはお怒りで、直ぐに地面に正座させられた。


「私の誘いを断った挙句に堂々と情けないことを聞くのだな」


ごもっとも。

リエナは死人が出そうなほどの冷酷な眼差しを俺に向けて立っている。


「子を成すだけだ。

子孫繁栄は人間にとっても悪いことではないはず。

私も嫌われているのならば積極的に子を成そうとは思わん。しかし、貴様の態度を見れば好かれているかどうかくらいはわかる。何が不満なのだ」


「えぇとー」


俺が目を泳がせていると彼女の気高い瞳が曇る。

これはもう言い逃れはできないな。


「前に言っただろ、俺には前世の記憶がある。

前世の俺は、まぁ悪い意味で有名人だ。もし俺の正体がバレたら…お前も殺される」


「ほう、それが私と子を成せない理由か」


リエナが意地の悪い顔でこちらを見る。

非常に腹立たしいがニヤリと笑う顔も美しい。


「はぁ、覚悟ができてねぇだけだよ」


この世界に来て知ったのは、俺の存在があまり公にされていないこと。

恐らく、大人たちの間でタブーとされているのだろう。王国の汚点のようなものだしな。

リエナには俺が前世の記憶を持ち、スーリエとして勇者一行に参加していたことは話したが、それ以上は話していない。


「嫌われたくないのとは違うな。幻滅されたくないんだ」


自分が特別な存在であると偽って、いつか化けの皮が剥がれるのが怖い。

リエナならば俺の前世の所業を聞いても眉一つ動かさずに受け入れるだろう。だが、俺にはリエナに受け入れられる覚悟がない。

リエナと共に歩み、生きていく覚悟がない。


「ふふっ、なんだその愛らしい理由は」


リエナは優しく笑って俺を抱き寄せる。


「そうか、ならば待とう。

スイの覚悟が決まるまでな」


「…俺めっちゃかっこ悪くないか?」


「私の誘いを断った時点でかっこ悪いぞ、諦めろ」


「薄々気付いてるだろ。俺は犯罪者だ。

そんな奴と一緒に生きるのか?」


「私の理解者は、スイ、お前だけだ。

だから私は貴様を見捨てない、安心しろ」


あ、安心できねぇ。

リエナは獲物を見つけた猛獣のような笑みで笑う。絶対に逃がしはしないというオーラが身体全体から立ち昇っている。


「なんや羨ましい光景やなぁ」


いつの間にか窓の縁に座ってこちらを見ていたケットがニヤリと笑う。


「何時から見てたんだよ」


「スーちゃんがリエナのご機嫌取りを諦めて帰ってきた時からやね」


「最初からじゃねぇか」


意地の悪い友人を捕まえて頬を引っ張る。

二股の尻尾をばたばたと激しく揺らしながら抵抗する。


「ふひゃふふほにゃにゃふにゃふぁー」


「何言ってんだよ」


「くっぷひぃー。

みんなダンジョン攻略の準備をしてはるよ。あと一週間で出発するみたいやね」


俺の手から逃れたケットは頬を抑えながら王城にいるクラスメイト達の動向を報告する。

ケットから生徒達のダンジョン入りの話を聞いて、そろそろ1ヶ月経つ頃だ。その準備をしていてもおかしくないだろう。


ケットからの報告で神崎や寺島が常人以上の力を身につけていることは聞いた。戦闘初心者と言えど下級ダンジョンに手こずる実力ではない。

それに加えてカイドも参加するのだから安全は保証されたようなものだ。


「俺たちも準備するか」


「下級ダンジョンやったら運良く合流できるかもしれへんしなぁ」


「合流はできなくても寺島と接触する状況を作りたい。

合流してカイドの近くにい続けるのも不味いしな。

適度な距離感を保っておきたい」


そんなわけで俺達もダンジョン入りに向けて準備をし始める。

因みにリエナへのプレゼントは獣化したリエナの背に乗って森の中を駆け回ることになった。

正体不明の大型魔獣としてギルドに警戒されないか心配である。



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