第19話


▼▼▼


王都の城内に来て一週間が経過した。

クラスメイト達は戦いに怯えていたが慣れというものは恐ろしいもので、三日四日経つと兵士達との戦闘訓練に参加する男子達も増えてきた。

女子達は戦闘に参加する人達をサポートするために走り回っている。


「やっぱり、不満は溜まるよね」


戦闘訓練に参加した初期メンバーである私は神崎に呼ばれて集まっていた。

因みに敦は今回の戦闘訓練に関する報告書を纏めているので不在だ。馬鹿そうな見た目の割に事務作業が得意なのだそうだ。


「だな。戦闘訓練に参加する奴らはサポーターの奴らを下に見てやがる。

表には出さないが、そろそろ横柄な態度をとるやつらも出てくるだろうな」


榊原が頭をガリガリと掻きながら溜息混じりに言葉を吐く。彼は見た目こそ不良生徒の典型だが面倒見のいい性格だ。サポーターに不満を持つ生徒達を諌めるのに苦労しているのだろう。


「恨まれ役を買って貰ってごめん」


「気にすんな。

最初にそういう役回りを選んだのは俺だ」


「それよりテメェは生徒達の目標であり続けなきゃならねぇ。

そこら辺、どうなんだ?」


「うん、現状僕が一番強いから問題ない。

一度決めてしまった以上交代はできない。プレッシャーはあるけど僕の得意な役回りだ」


「はっ、相変わらずだな。

それで、女子達はどうなんだ?」


「そうね。まだ立ち直っていない生徒もいるけど、殆どの生徒は覚悟、というか諦め半分でサポーターに参加してるわ。

不満は·····やっぱりあるわね。

その殆どが戦闘訓練に参加してる生徒達への不満よ。

使ったタオルが捨ててあったりとか、鎧が脱ぎっぱなしにしてあったりとかね。今は仲間内で愚痴を言い合ってるだけだけど、これ以上悪化すると面倒だわ」


「従者達から勇者のような扱いをされてることも横柄な態度に拍車をかけそうだな」


水橋先生は腕を組みながら頭を悩ませている。

命を賭けるのならばそれ相応の対価が欲しいと思うのは当然だ。しかし、この世界の人々にとって生きるために命を賭けるのは当たり前の思考だ。

その価値観の違いがこの世界の住人、特に兵士達との間に不和を齎す可能性がある。


「従者の人達に言っておきますか?」


「いや、彼等の努力には対価が必要だ。私達は好きでこの世界に来たわけじゃないんだからな」


「不満を発散させる方法が必要ですね」


「この世界に娯楽はねぇよ。飯は不味いしゲームやテレビもねぇ。

娼館の利用も視野に入れないとな」


「しかしこの世界の価値観に染まってしまうと、元の世界に帰った時に順応できなくなる可能性がある。なるべく元の世界の価値観を持ち続けて欲しいものだが····」


「そうですね。娼館の利用はもう少し様子を見ましょう。先ずは休暇を一日増やし、広場を解放してスポーツをすることで体力を向上させると共に戦闘訓練の息抜きとしましょう」


何とか話が纏まり、神崎が報告書を作成することを告げてから解散となる。


▼▼▼


その翌日、カイドさんから休暇が増えたことと戦闘訓練に使っていた広場が開放されたことが発表された。

また、野球やサッカーなどのスポーツが行われ、それを見た騎士達が混ざり不満解消の手助けともなった。


「一時的なものだが、上手くいったな」


私はサッカーをやって遊んでいる皆を見ながら、榊原と木陰で休んでいた。前の世界では接点もなく挨拶も禄に交わしていなかったが、この世界に来て随分と話すようになった。


「そうね。

問題は本当に魔獣や他国の騎士達と戦うことになった時よ」


「それに関しては分からねぇな。俺達が人を殺してまともに動けるのかどうか」


まだ山場は超えてない。

それに、例え超えたとしても、元の世界に帰った時に順応できるのかも不安が残る。


「今考えても仕方ねぇことは考えるな。

それより、寺島には聞いておきてぇことがある」


「なに?」


「霧島は何処にいる?」


予想外の質問が来た。

榊原と水は友達でもなかったはずだ。学校でも一緒に会話しているところを見た事がない。


「さ、さぁね」


「知ってるな?

お前は霧島のこととなるとわかりやすいのな」


「うっ」


「気にすんな。隠してるってことは理由があるんだろ?

生きてることさえ分かれば問題ねぇよ」


「なんで榊原が水の心配をするのよ」


「同じクラスメイトだ。こんな状況じゃあ心配してもいいだろ」


そう言って榊原は去っていく。


「全員集合だッ!!」


広場を見るとカイドさんが声を張り上げて皆を呼んでいる。よく見ればサポーターの生徒達も一緒だ。

私は急いで日菜子と合流して集まる。


「さて、休暇中に呼び出して済まない。

ゴルゴン王と話し合った結果、直ぐにでも伝えた方が良いと思ってな」


「何かあるんですか?」


神崎が質問するとカイドさんは重々しく頷く。


「一ヶ月後、ダンジョンに向かう」


ダンジョン、その存在は予め聞いていた。

魔獣が出現すると言われている巨大な洞窟。それは世界各地に存在し、魔獣を吐き出し続ける人間の天敵。


「もちろん、難易度は低い低層のダンジョンだ。

我々も同行するために死ぬリスクは低いだろう。しかし、低いだけで死ぬ可能性は確かに存在する。

ダンジョンでは低層であっても絶対安全など無い。

みな、心して一ヶ月後のダンジョン討伐に望んで欲しい」


全員が暗い表情を浮かべていた。

ユグドラシルの加護によって一週間の戦闘訓練で確かな実力を身に付けてきている。カイドさんからも低級の魔獣であれば問題無く狩れるだろうとのお墨付きも貰っている。


「美希·····」


日菜子が私の服を掴んで心配するが、私は笑顔で返す。


「大丈夫よ。

不安はあるけど、勇者と呼ばれたカイドさんも来るみたいだしね。それに私だって戦闘訓練に参加する生徒の中じゃ優秀な方よ。

問題ないわ」


クラスメイト達へと視線を向ければ神崎が笑顔で皆を勇気付けている。彼がこのクラスの精神的支柱だ。


「問題ないわ」


私はもう一度、自分の不安を押し殺すために告げる。

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