第20話
▼▼▼
俺は王都に戻ると直ぐにギルドに向かって依頼完了の報告をする。村長との契約があるため銀貨一枚を受け取って早々に宿屋に戻る。
リエナの分の宿代も払ってベットに倒れ込むと全身の緊張が溶けて一瞬で眠ってしまった。
翌日、俺は筋肉痛によって最悪の目覚めを経験する。
ケットに回復魔法をかけてもらったが痛み止め程度の効果しかなかったため、後は自然治癒でしか回復しないのだろう。
個人的な推測をするのならば、完治までは一か月は必要となる。
その間はリエナとケットに金策は任せることになるだろう。
リエナが用意してくれた水にタオルを入れて水を含ませてから顔を拭く。冷たい水が寝ぼけた頭をスッキリさせてくれる。
「あれ、ケットは?」
「王城に向かうと言っていた。
仲間たちの様子を見に行ったんじゃないか?」
そういえば、ケットにはクラスメイト達の動向を監視するように言っておいたんだっけか。
ゴルゴン王やカイドのことだから手荒には扱わないだろうが、異世界という環境で力を持ってしまった生徒達をコントロールできるかはわからない。
「まぁ、神崎がいるから大丈夫か。
リエナ、出かけるぞ」
「ん?何処に行くのだ?」
「リエナの着替えと装備一式だな。
銀貨一枚あれば帰るだろ」
「私はこれでも構わないのだが····」
今リエナが来ているのは商人から買った粗悪な村民服だ。流石にこれで歩いてたら奴隷を持ち歩いてるのだと勘違いされそうである。
「いいから行くぞー」
説得するのも面倒なので無理矢理腕を引っ張って連れていく。
宿屋を出て目指すのは『羽衣』と呼ばれる服屋だ。少し高いが良質な服が並んでいる。前世でも勇者一行の女性陣に連れられて何度か訪れたことがある。
「いらっしゃいませー」
沢山の店が並ぶ通りの一角。落ち着いた雰囲気を持つ店はガラスを通して沢山の衣服が並べられているのが見える。
「いらっしゃいませ〜」
扉を開けて鈴の音が鳴るのと同時に、店の奥から間延びした声が響く。
聞き覚えである声だ。彼女は確か、店主の娘さんだった子だ。
「『羽衣』にようこそですー。お客様は初めてですよねー?
今日はどういった服をお探しでしょうかー?」
店の奥から飛び出してきたのは緑髪のおっとりとした雰囲気を持つ女性だ。
前世では見習いとして働いているこの子を何度か見たことがある。
「コイツの服を見繕ってくれ。
銀貨一枚で買えるだけ買ってくれ」
「綺麗なお客様ですね〜。
わかりました。頑張って選ばせていただきますね〜」
そう言ってニコニコと笑みを浮かべながらリエナを引っ張っていく。リエナは困惑しながらも素直に店員に連れられていく。
まぁ、リエナには悪いが着せ替え人形になってもらおう。アイツも本気で嫌がることをされなければ殺すことはしないはずだ。
俺はしばらく店内の椅子に座りながら色々な衣服に着せ替えられていくリエナを眺める。
店員の女性も楽しそうだ。
そう言えばあの子の名前って、エリスだったか。母親の名前がエリナだった気がする。
あの時は俺とカイドとグランで女性陣の荷物持ちをしてたんだよな。
そう言えばグランは元気にしてるだろうか。
「終わりましたよ〜」
考え事をしていたらもう終わっていた。
リエナの手には大きな紙袋が握られている。
「ピッタリ銀貨1枚に収めました〜」
「おぉ、流石だなぁ」
「人間の服には多くの種類があるのだな。少し疲れた」
何度も着せ替えられたのだろう。リエナの顔が少しげっそりしている。
「おっはー!!
エリスちゃんお久しぶりーー!!」
「あー、ミーシャさん!
お久しぶりです〜」
突然扉が開いてハイテンションの声が店内に響く。
知ってる声だ。そして今一番会いたくない奴の声でもある。
視線を向ければ栗色の頭からアホ毛が飛び出し、満面の笑みを浮かべたアホ面が見える。
「リエナ、帰るぞ」
「あ、あぁ」
コイツは不味い。
このハイテンション馬鹿は見た目こそ馬鹿っぽいが賢者と言われるほどの魔力量と魔力耐性を持っている。更に行使できる魔法の種類も属性数も異常だ。
俺はリエナの腕をとって逃げようと扉に向かうが、虚しく肩に手を置かれる。
「な、何か?」
「いや、ごめんねぇ。
君の魔力色がある人に似ててさぁ」
やべぇ、バレてる。
魔力を色で見るってどんなトンデモ能力だよ。
「へぇ、よくわかんないですけど····」
「うん。
まぁでも彼は死んじゃったし、気のせいかなぁ?」
「気の所為ですよ。貴女とは初対面ですしね」
「そうだよねー、ごめんねー、アハハ」
「アハハ」
こいつ俺を疑ってやがるな。
目の前で俺の首が飛んだの見てる癖に。
「ん、スイ、帰るのだろ?」
「あぁ、そうだな。それじゃあな」
「うん、ごめんねー」
店を出てしばらく歩き、ようやく俺は息を吐く。何だか今の一瞬でかなり疲れたな。
「前世での知り合いか?」
「あぁ、勇者一行の一人。
ミーシャ・アムニス。魔法の極地へと至った賢者だよ。相手の魔力の色が見えて、その色で性格とか強さとかを判断できるらしい。
詳しい魔術理論は知らんがな。
馬鹿で阿呆で脳足りんだが、魔力の色が見えるのは厄介だ。俺がスーリエであることに気がつく可能性があるからな」
「なるほど、だから帰ろうと言い出したのか」
スーリエが記憶を保持したまま輪廻転生して目の前に現れるなんてことを本気で信じる奴はいないだろうが、アイツは信じる可能性があるんだよなぁ。
馬鹿で阿呆で脳足りんであるが故に突拍子も無いことを本気で信じている。
幽霊とかも信じてるしな。
まぁだからこそ魔法の才能があるのだろう。
魔法使いには魔力量と魔力耐性という生まれ持った才能が必要だが、その次に必要となる才能は神秘を疑わずに受け入れる才能だ。
「魔法という神秘は知れば知るほど、その摩訶不思議な力に疑念を持ち、神秘を否定していく。
賢くなればなるほど、魔法の効力は下がっていくんだ。
だが、アイツは今でも馬鹿なままだな。羨ましい限りだ」
「それは、羨ましいのか?」
「人生は納得が全てだ。
アイツは馬鹿で阿呆だが、自分の人生に納得してる。
今ここで死んでも、幸せだったと言って安らかに死ねるくらいにな。
俺は納得できねぇから、妥協と諦観を持ち続けるしかない」
リエナを助けようと村民の気持ちを捨てたのだって妥協と諦観だ。
もしかしたら双方を幸せにできる道があったのかもしれないが、俺は無理だとあきらめて早々に切り捨てた。
それ以上を求めるのならばカイドや神崎のような存在にならなければならない。もちろん、俺には無理な話だ。
「暇だな。何かやりたいことでもあるか?」
「腹が減ったな。肉が食べたい」
「猪って肉食うのか?」
「獣人はどちらかと言えば人間よりだぞ?」
まぁ、獣化も一種の魔法みたいなものだしな。
言ってみただけだ。
俺はリエナとたわいもない話をしながら肉が食えそうな店を探す。
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