第17話


▼▼▼


そうやねぇ。スーちゃんはそういう人や。

面倒を極端に嫌って、なんもせんとゴロゴロと日々を無価値に生きるダメ人間。

それがスーちゃんやけど、偶にかっこよくなるんや。


駄目って言っても聞かなくて、そのまま突っ走って解決していく。救いたいものを救って、後は知らんぷり。


たぶん、スーちゃんにとって譲れない一線みたいなもんがあるんやろうねぇ。

それが、なんなのか、今まではわからんかったけど、今なら少しわかるような気がするなぁ。


本当は止めたいけど、止めちゃあかんのやろ?

今回がスーちゃんにとって譲れない一線になるんなら、止めちゃあかん。

友達やからね。わかるよ。それくらい。


だから、まぁ、僕にできることなんて何もないけど、応援くらいはせなねぇ。


「頑張ってや、スーちゃん」


▼▼▼


身体が粉々になりそうだ。

それでも身体全体に身体強化の魔力回路を通して肉体を強化する。


即死の突進を身体で受け、俺の身体は宙を浮いて大木を巻き込みながら森の中を飛ぶ。


(いてぇな、いってぇよ。

やべぇ、ハイになってきた。身体はめちゃくちゃ痛いのに頭の中は妙にスッキリしてやがる。

これならイケるかぁ!!)


並列回路、四本目。


痛みを超えた激痛の中、俺は立ち上がり、再び突進してくる魔獣を見る。絶望と悲しみと怒りと屈辱と、あらゆる感情が暴れまわっているのだろう。周囲の魔力が魔獣の感情に影響されて魔獣を取り巻く。


俺はそれでもニヤリと口角を吊り上げて突進を受け止めるように両腕を開く。


「来いやぁぁぁぁあああああアアアアア!!!!!!」


「ガァァァァァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」


魔獣はを荒々しく揺らしながら大木を打ち砕き、俺の胸を打つ。

胸から腹にかけては血だらけで感覚は無い。足も限界を超えて立つことすらままならない。腕の骨は折れ、思考すらできているのか怪しい。


魔獣の突進によって足の裏が削れる。

それでも腕を離すことなく、身体全体で魔獣を受け止めてみせる。

何分経ったか。たぶん一瞬の事だったんだろう。

俺は魔獣と共に地面に倒れていた。


「···少しは晴れたか?」


「いや、だが····久しぶりに気分がいいよ」


ようやく受け止めることができた魔獣の身体は、まるで女性のように柔らかく、美しい紫色の毛並みは太陽の光を受けて妖艶に輝いている。

俺はその身体をしっかり抱いて、頭を撫でる。

これ以上壊れてしまわないように。


(あぁ、疲れた)


俺は身体の痛みを忘れ、気絶するように意識を手放す。


▼▼▼


【どうしても行くというのですか?】


【はい。

ボルガンさんには感謝しています。それでも行くんです】


【私は、もう長くは生きられないでしょう。できることならば、君に最後を看取ってほしかった】


【申し訳ございません。

しかし、俺は勇者になるんです。学園に入学し、誰よりも強くなって、ユグドラシルの加護と勇者の剣を王様から授けられるんです】


【…君は、勇者にはなれませんよ。

貴方はただの農民の子供です。剣の才も、魔法の才もない。お願いです。行かないでください。私を、一人にはしないでください】


【大丈夫ですよ。例え才能がなくても、それを乗り越えていくのが勇者なのです。

ボルガンさん、貴方の死は無駄にはならない。貴方が俺を救ったことによって、魔王は倒され、世界は平和になるんです】


【あぁ、スーリエ。君はもう壊れてしまっていたのですね。

すみません。すみません…もっと早く気付くべきでした。スーリエ、目を覚ましてください。

私が死ぬことに、君が生きていることに、意味などないのです】


【いいえ、ボルガンさん。

意味はありますよ。僕は、勇者になって、魔王を倒すために生きてるんです。

それじゃあ行きますね。さようなら、ボルガンさん】


【そんな、待ってください!

貴方を育てたのは私ですよ!待ってください!お願いです!

スーリエ、待って、お願いです…】


あぁ、最後に見たボルガンさんの顔は、泣いていたのか、怒っていたのか、それすら記憶は曖昧だ。


後悔がある。何度もやり直しを望んだ。

俺は、スーリエが歩んだ人生を、未来永劫呪い続けるだろう。


そこには間違いしかなく、一切の救いが存在しないのだから。


願わくば、彼の人生全てが泡沫に消える夢であれば良かったのに。


▼▼▼


ほのかな暖かさが頬に当たる。

ゆっくりと目を開けて、おぼろげな視界を彷徨わせると、二股に分かれた尻尾が視界の端で揺れる。


「ケットか」


「ようやく起きはったなぁ。

少しはこっちの心配もして欲しぃわ。死んだかと思うて気が気じゃ無かったんやで?」


「ここは…テントか」


「物が宙に浮くなんて不思議やねぇ。これでスーちゃん運んだんよ?

回復魔法も使えるみたいやったからスーちゃんと、魔獣?に使ってみたわ。効果があるのかはわからへんけどなぁ」


使えるみたいだったから使ったって…。確かにケット・シーは物を浮かす魔法と癒しを施す回復魔法が使えるが、馴染みすぎやしやいだろうか。もしかして前世がケット・シーだったのかと疑うレベルだ。


「そうか。…あぁ、魔獣はどうなったんだ?」


「…ぐっすり気持ちよさそうに眠ってはるなぁ」


近くにいるのか。でも姿は見えない。というかさっきから身動きが取りにくいな。やっぱり魔獣との戦いは回復魔法程度じゃ消えないか。


「スーちゃん、後ろ」


後ろ?

俺は痛む身体を無理矢理動かして背後に目を向ける。


絶世の美女がいた。


紫色の髪を腰まで伸ばし、スタイル抜群で俺よりも身長が高い。

綺麗な美人顔だが、眠っている表情は美人というより可愛らしい表情をしている。

そんな女性が全裸に布を一枚包んだ姿で足や腕に絡まりながら俺を抱きしめていた。

身動きが取りづらいかったのはこれが原因だろう。


「…寝るか」


「あ、逃げた」


思考放棄だ。

今は全身が痛くて真面まともな思考ができない状態。眠りから覚めたら考えよう。


俺は美女に抱き着かれながら眠りにつく。

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