第16話


▼▼▼


強いな。

的確に相手の弱点を狙ってくる攻撃。それが有効であれば自分の長所を捨ててまで攻撃する戦い方。恐らくこのジンという男は中距離と近距離を使い分けた戦い方が得意なのだろう。魔法が使えるということはそういうことだ。しかし今は徹底して近距離戦闘。俺の嫌がる戦い方をしている。

しかも属性を付与して俺の衝撃を無効化するという徹底ぶり。


(これはキツイかな)


正直逃げたい気分だが、あの魔獣を助けると決めてしまった以上はそうしなければとも思う。


(ちょっと強引になるが仕方ねえ)


俺はジンの攻撃を捌きながら別の回路を構築する。

並列構築三本目、属性は風。特性は『加速』。


視界がブレる。

属性を付与した身体強化の魔法だ。動きの『加速』。ジンの剣を捌くスピードが上がる。


(これは…想像していたよりも辛いな)


身体にかかる負荷で全身に激痛が走る。

この身体が身体強化の魔法に慣れていない。そもそも俺の身体は魔法を扱ったことががないのだ。

魔力は人間にとって毒である。故に魔法使いにとって魔力耐性というものが魔力の保有量と同等に重要視される。例え人並み外れた魔力量を持っていようと耐性がなければ扱えない。

魔法使いは才能が重要と言われているのは、この耐性と魔力量という二つの生まれ持った才能が必要であるからだ。因みにカイドは加護のおかげで毒の影響自体受けていなかった。俺は言わずもがな才能などなく、中級クラス以上は扱えない。

出せないこともないが5発で気絶する自信がある。


「さて、終わらせるか」


長時間の魔法行使は身体に毒だ。これ以上は生死に関わる。


「テメェ…」


ジンの方も戦況の変化を感じている。

彼は賢い。それ故に俺の実力を鑑みて勝てると思ったのだろうが。


(…悪いな。近距離戦もけっこういけるんだよ、俺)


付与魔法によって重量を上げようが、動きの流れを強めてしまえば関係ない。

俺は振り下ろされる剣に合わせて衝撃を加える。余計な力を加えられてしまったため、剣は止まることなく地面へと振り切ってしまう。それは接近戦においては致命的な隙だ。


俺はそれに合わせて魔球を纏った掌をジンに向ける。


「はっ、こりゃあ割に合わねぇなぁ」


ジンはそれでも笑みを絶やすことなく、みぞおちを狙った衝撃と共に吹き飛び、土煙を舞い上がらせる。


「終わったかな」


渾身の魔球というわけではないが受けたダメージを考えれば、ここが引き際だろう。

ゆっくりと土煙が晴れ辺りを見渡せるようになると、既にジンの姿はなかった。


「お疲れさんやなぁ。余裕そうやけどこっちは冷や冷やもんや」


ケットが背後から俺の肩に飛び乗ってきた。


「なんやの、アイツ。急に出てきて驚いたわぁ」


「貴族が雇ってる傭兵か。

なんか、面倒な奴に目を付けられた気がする」


俺は今後を思って溜息を吐きながら当初の目的である魔獣の方へと視線を向ける。

魔獣は数度の爆発とジンの魔法を受けてボロボロだ。

俺は魔獣に近づき、顔の前で座る。魔獣は荒い息で身体を上下させながら憎悪のこもった目で睨む。


【クソ…ッ!

人間め、今、ころして…やる】


魔獣は無理に身体を動かそうとするが足に力が入らず悔しそうに地面を蹄で削る。


「人間への復讐、だな」


【そうだ!!

私をこのような化け物に変え、我々を散々実験して殺した人間を殺す!!!

そして、そんなことが平気で出来てしまう人間は悪だ!我が群れのために殺さなくてはならぬ!!】


ああ、やっぱりだ。

こいつも俺と同じだ。


「お前、復讐なんて望んでないだろ」


【なん…だと…ッ!ふざけるなッ!!

我々がどのような思いで虐げられてきたのかッ!貴様にはわかるまい!実験だ何だと称して身体にナイフを入れられッ!どのように苦しんできたかッ!!!】


「あぁ、それでも、お前は復讐なんて望んでない」


【殺してやる!!!!!】


魔獣は重い体を持ち上げようとするが疲労と傷の多さで、もはや立ち上がることはできない。

俺はゆっくりと魔獣の顔に手を当てる。


「復讐を望むならいい。その果てが破滅しかなかったとしても、お前にとっては価値がある。

でも、お前が望んでるのは仲間が死んだ意味だろ?」


理不尽な理由で殺された。

仲間は皆死に絶えて、残ったのは自分一人。何故仲間は死ななければならなかったのか。ただの無駄死にだったのか。

それが許せないのだ。意味が欲しいんだ。仲間の死が無駄死にだと思いたくない。


「もしそれに意味が与えられたとしても、それは、お前の幸せにはならない」


【幸せ?ははっ、貴様は私に幸せを望むのか?

あぁ、貴様は、阿呆なのだな。今更私にそんなものは必要ない】


「悪いなぁ。お前に必要なくても俺にはあるんだよ。

まぁ、自己満ってやつ?

俺はお前に幸せになって欲しい」


自分には無理だった。

差し伸べられた手を全て払いのけて意味を探し続けた結果、得られたのは断頭台だった。


絶望を払う方法は無い。

しかし、心に受けた痛みを分かち合うことならできる。


俺は立ち上がって魔球を生み出す。

正直、これ以上の魔法の行使は生死に関わる。初級魔法程度では魔力の毒は効かないが、度の越えた行使にはやはり負荷がかかる。

それでも、これだけはやらなければならないと思う。


「さしあたっては、お前の人間に対する怒りや絶望を全て俺にぶつけて貰う。

お前がもう勘弁だと思うまで付き合ってやるよ。

そうしたら、お前はまた幸せに向かって進むことができるだろう?」


結局これしかないのだ。

俺は自分の死と共に燃え尽きたが、こいつにはまだ先がある。


【····本物の阿呆だな。しかし、あぁ、よかろう。

全ては無意味、わかっていた事だ。それでも止まることなどできなかった。それを止めてくれると言うのならば、私は、私の持つ全てを貴様にぶつけよう。

その果てに、幸福があるのならば、悪くは無いな】


魔獣は最後の力を振り絞って立ち上がる。

これで終わってもいいと思った。ここで、全てをぶつけて死ぬのも良かろうと。

だから、立ち上がることができたのだろう。


【殺してやる、·····人間ッッ!】


「やってみろやァ!!」


魔獣の突進に対して、俺は初めて真正面から挑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る