第8話


▼▼▼


「見ない顔だな…。通行許可証は持ってるのか?」


「えー、あー、えっと、魔国近くの田舎から来たもんでねぇ。通行許可証も身分証も持っておらなんだよ。

ここへは出稼ぎで来てよぉ。もう金がねぇんだ」


「どんな田舎だよ…。

はぁ、とりあえず身体検査だけして通らせてやるが、仕事の斡旋なんてしねぇからな。

まだ若いんだから仕事も直ぐに見つかるだろ」


「ありがてぇなぁ」


そう言って俺は数度の身体検査の後に交通門を通って街中へと入っていく。

口調も変えたし、服も廃れた村のボロ小屋から見つけてきたものを着てきた。憲兵の反応を見るに怪しまれる事は無かっただろう。


「懐かしいなぁ」


ユグドラシル王国。

前世の俺はここで生まれ育ってきた。正確にはもう少し王都中心に近いローグスという街が俺の故郷だ。

ただ仕事の都合上、魔国へと続くハラデスの街にはよく訪れており、先程の交通門もよく利用していたため懐かしさがある。


無くなった店もあれば、まだ残っている店もある。

やはりカイドがいた事からも、それほど時は経っていないのだろう。


「街中での魔法行使は禁止されてるからな。どうやって探すか…」


だんだん面倒になってきたが何とか気力を持ち直してゴルゴン王の使う馬車を探す。恐らく直接王城へは向かわず何処かで宿泊しているはずだ。


「……探すか」


俺はふと王都の巨大な広場へと続くトランク通りの方へと視線を向けるが直ぐに視線を外してあずまを探すために足を踏み出す。


「…ッ!」


「おっと済まない、坊や」


前方に視線を向けた瞬間、俺は誰かにぶつかり倒れてしまう。


「いや、こちらこそ済まない。余所見していた」


そう言って顔を上げると、ぶつかったのは高身長の女性だった。太陽の日差しを受けて輝く金髪が腰まで伸びている。目は鋭く、頬には火傷の跡がある女性だ。

彼女は軍服のようなものを肩に掛けながらこちらに手を差し伸べる。

俺は彼女の手を取って立ち上がる。


「こんな人通りの多い中でよそ見は危ないだろう?」


「あぁ、そうだな。済まない」


「分かればいい。

っと、ちょっと待ってくれ」


俺は頭を下げたあと直ぐに立ち去ろうとしたが彼女が肩を掴んで止める。


「何か?」


「うーん、そうだなぁ。

似た者同士かと思ったけど違ったねぇ。面白い坊やじゃないか」


「なんだ?馬鹿にしてんのか?」


「いや、そんな事はないよ。素晴らしいと思ってね?

この国には観光に?」


「いや、友達に会いに行くんだ」


「そうか。

引き止めて悪かったねぇ。君の一日が素晴らしいものでありますように、だ。

それじゃあね」


最後に彼女は祈りのようなものを呟いてから去っていく。


「…あの軍服…いや、考えたくもないな」


見たことのない腕章を付けた軍服を見て最悪な想像が頭に過ぎるが直ぐに振り払って歩みを進める。


神崎の乗っていた馬車には王家の紋章は入っていなかった。派手な宿屋には泊まらず、信頼のある昔馴染みの宿屋に泊まるはずだ。となると、ここいらで生徒全員を止めることができ、王族旧知の宿屋といえば、カルカ通りにある木造の宿屋、ユーグリットか。


「下手に近づいても兵士に疑われるな。

アイツらの仲間と言い張っても、どうやってここまで来たんだと言われるだろうしなぁ」


言い訳など幾らでも思いつくが、向こうにはゴルゴン王とカイドいる。この二人は前世の俺を知っているため、少しでも疑われては困る。


「バレたら殺されるだろうしなぁ」


特にカイドにはかなり恨まれてるだろう。


今このタイミングで会えばどうやっても疑われる。二人に会わずにあずまと連絡が取れたらいいんだがな。


とりあえずユーグリットに向かうと、やはり教会で見た馬車が止めてある。扉が閉められているのを見るに、ゴルゴン王達で貸切になっているのだろう。


「さて、どうやってケット・シーと会うか…」


「あれ?スーちゃん?」


宿屋の近くの路地裏で東との連絡手段を考えていると後ろから声がして振り返る。


「二又の猫。ケット・シーか?」


「ほんまになってしもうたなぁ」


「え?いや、ちょっと待て、東か?!」


「残念なことになぁ」


東と思われる猫はによりと笑ってコチラに飛びついてくる。確かに東の面影がある猫だ。笑い方とか。


「はぁ、歩きっぱなしで疲れとるんよ。少し休憩させてな」


「相変わらずだな、お前」


「スーちゃんに言われたないけどなぁ。

こんな世界連れてこられて平然としてられるなんて正気やないで?

スーちゃん、この世界知ってるやろ?」


「…なんの事だ?」


「恐らくやけどスーちゃん教会の近くに召喚されてるやろ?

僕達はゴルゴン王の馬車に乗ってここまで来たけどスーちゃん馬車持ってへん。そんな中でなんも手がかりなしに僕達見つけられるわけないんやん」


「…はぁ、相変わらずだな」


「スーちゃんに言われたないなぁ」


俺は肩に乗っかる東を頭に移動させる。


「とりあえず、ゆっくり話せる場所に行くぞ。ケット」


「妖精が消えてただの猫になってしもうたなぁ」


▼▼▼


俺はあずまを連れてカフェに訪れる。

珈琲を飲みながら生徒達が召喚されてここまで来た経緯を聴きながら、頭の中を整理する。


「そうか…」


東の話では元の世界に帰るためには異界者と戦わなければならないらしい。そして友人が猫になった原因は不明。


「ま、何か裏があるのは確実だな」


「やっぱスーちゃんもそう思うんやねぇ」


「元の世界に帰るために戦うって、まぁ、そんな話しに応じる馬鹿はいないだろ。アイツらからしたら立派な戦う動機になるかもしれないが、他の異界者は相手の目的を聞いて自らの意思で契約を交わしてるんだろ?

そんなんじゃ動機にならない」


「ほなユグドラシルの契約を探るのが最優先事項ってことやな」


「あぁ、寺島にもそう伝えてくれ。

つっても派手に動くなよ。ユグドラシルの契約については神崎も勘づいてるだろうからな。

アイツもゴルゴン王にその事を話すだろう。そこでゴルゴン王がしらばっくれるなら王国にいるのは危険だ」


「ふーん、今後の方針について把握したわ。

それで、肝心なことなんやけど…、スーちゃんって何者なん?」


「あー、それ聞くか?」


「そりゃあなぁ。このままじゃ僕、気になって気になって夜も眠れへんわ」


「まぁ、ケットにならいいか」


「本当にシーは消えたんやね」


「お前も薄々勘づいているだろうが、俺には前世の記憶があるんだよ。

んで、前世の俺はここで生活していた。だから教会近くの森に召喚された時も皆が召喚された場所が教会だと目星をつける事ができたし、馬車の行き先がこの街だと考える事ができた。

移動手段は魔法な」


「へぇ、まぁ色々と推測はしてたけど前世があったんやねぇ」


「前世の話は聞くなよ?

終わった事を掘り返されるのは嫌いだからな」


「僕もそれ以上聞くつもりもないわ。

なんとなく分かってるしなぁ」


「いや何でだよ」


「カイドはんがチラっと話してはってな?

スーちゃん僕らに会いにくそうやったし、もしかしてって思たんよ」


「うわぁ、それ十中八九正解だわ…」


数ある可能性の中の一つに過ぎなかったのだろうが、そもそも俺に前世の記憶があって、カイドと交流があるかもしれないという可能性が思いつく時点でかなりのストーリーテラーだ。


「気持ちわりぃ」


「声に出てるで、スーちゃん」


あずまは困ったようにモフモフの腕で頭をかく動作をする。猫の癖に表情豊かだなぁ。


「はぁ、とりあえず俺の事は他言無用だ。寺島には伝えてもらって構わないが、暫くは裏から情報を集める。

面倒くせぇが自分が何に巻き込まれているのかは知っておきたい。神崎に丸投げするのはその後だ」


「相変わらずやねぇ」


俺はあずまを連絡手段として生徒達の情報を知りつつ他の異界者の行動を探るため、カフェを出る。

東は出されたミルクを舌を使って飲んだあと、身軽にテーブルから飛び降りて宿屋の方へと向かっていく。


アイツ猫の身体に馴染み過ぎだろ。

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