第7話

▼▼▼


到着した宿屋は石造りの家が建ち並ぶ中では珍しく木造で建てられている。

宿屋の主人には話を通してあるのか、すんなりと宿屋に入ることができた。部屋は全て貸切であり、生徒三十人に対して一部屋ずつ用意されている。皆が汗だくの体操服から着替え、宿屋の中を自由に行動するが、一人でいる事が不安になり、結局はグループで固まって過ごす生徒が多い。


「さて、俺達が召喚された理由は話したね。正直、怒りを覚える人もいるとは思う。身勝手な理由で召喚されて戦えだなんてね」


宿屋に着いた夜。夕食を済ませた生徒達は1階の食堂に集まり神崎の話を聞いていた。


「でも元の世界に帰るためには戦うしかないんだ。

だから、これから戦闘に参加する意志を確認したい。

誰か俺達と戦おうとする人はいないか」


誰もが俯いて手を挙げずにいる中、一人の生徒が手を上げる。


「俺は戦うぜ。

こんな世界で生きるのは御免だ。元の世界にいる仲間達を放って置く事はできねぇ」


手を挙げたのは榊原さかきばら真司しんじだ。粗悪な平民服を怠そうに気崩し、耳に金のピアス嵌め、如何にも不良といった風貌の生徒である。

学校でも幾度となく問題を起こしており、不良グループ同士の喧嘩は日常茶飯事だ。


「榊原か。うん、君がいてくれると頼もしいよ」


この中で一番戦闘慣れしているのは彼だろう。

不良仲間のリーダーをやってるため視野も広く社交的で学校でも兄貴分として慕われている。


「まぁ、俺も行くだろ」


そう言って手を挙げたのは水橋修だ。

校内一の熱血教師であり、好まない生徒も多いがピンチの時には頼りがいのある教師でもある。


「大人としてお前達をしっかり監督しなくちゃならんしな!」


「ありがとうございます、水橋先生。

これで、俺と敦、榊原、水橋先生の四人が戦闘に参加する事になった訳だが、他にもいないか!」


神崎は生徒達を見渡すが誰も手を挙げようとしない。それもそうだろう。いきなり異世界に連れてこられて命懸けの戦いをしろと言われても無理な話だ。


「…わ、私も戦うわ」


「美希?!」


誰もが俯く中で寺島美希がゆっくりを腕を上げる。隣にいた日菜子が驚いた顔で寺島を見る。


「ごめんね、日菜子。

私、元の世界に帰りたいの」


「寺島さん…いいのかい?」


「人手は多い方がいいでしょ?

大丈夫よ。身体の動かし方は知ってるから、少しくらいは戦闘でも応用できるはずよ」


「ありがと助かるよ。

他に参加する人は……いないね。

じゃあ皆には俺達のサポートをしてもらう事になる。具体的な内容は王城に着いてから伝えられるみたいだ。

それじゃあ今日は解散。

皆ゆっくり明日のために休んでくれ」


▼▼▼


「おつかれ、誠」


「あぁ、ありがとう」


皆が解散したあと、誠、敦、凜音、舞の四人は食堂に残って今後について話し合っていた。


「しっかし五人か、少ねぇよぁ。無理強いは出来ねぇけどさぁ」


「無理強いは駄目だ。嫌々参加させても混乱を招くだけだしね。それに五人は多い方だよ。正直俺は榊原や寺島が参加してくるとは思ってなかったからね」


「そうか、そうだよなぁ」


敦はテーブルに突っ伏して項垂れる。


「別に五人で決まりってわけじゃないでしょ?

私達にはユグドラシルの加護ってのがあるんだから、それを知って戦えるかもしれないって思う人が戦闘に参加してくる可能性もあるわ」


「あぁ、だからこそ先ずは俺達が先陣を切って戦わないとな」


「…でも、何で私達召喚されたんだろ?」


「何でって…、他の異界者への対抗策だろ?」


「うん、そうなんだけど、ゴルゴン王は召喚されるのはユグドラシルの契約に応じた者のみって言ってたよね?

でも私達はそんなの知らないよね」


「あぁ、そうか。誤作動を起こしたのかもって言ってたけど、他の異界者は違うみたいだし、帰るために戦うってのもおかしな話だ。

そんな契約応じる人なんているのか?」


「…そうだね。その辺の話も王城の行く途中でゴルゴン王に聞いてみよう。っと、もう夜中だ。出発は朝早いから、もう寝よう」


誠が暗くなった窓からの景色を見て解散を促す。

それぞれが自分の部屋へと戻り、神崎誠だけが食堂に残る。


「…ユグドラシルの契約…か」


彼はそう呟き瞑目して思考を巡らしたあと、静かに席を立って部屋に戻る。



▼▼▼


「本当に大丈夫なの?!」


「大丈夫だって、私達にはユグドラシルの加護ってやつがあるんでしょ?」


「でも…」


夜中、美希の部屋に日菜子が訪れていた。突然異界者との戦闘に参加すると言い出した美希を心配したのだ。


「ありがと、日菜子。

でも戦わなくちゃ…、私は元の世界に帰らなくちゃいけないんだから」


「霧島君に会いたいから?」


「そうじゃなくて!

日菜子は知ってるでしょ?お母さんが入院中だって…。

そんな深刻な病気じゃないからって言うんだけど心配でさ」


「なら先ずはユグドラシルの契約を知らなあかんなぁ」


突然部屋の中から声がして寺島と日菜子はビクリと身体を震わした後に周りを見渡す。

すると窓際に白い猫が二又の尻尾を揺らしながら座っていた。


「猫…?」


「なんや?

猫にしか見えへんと思うんやけどなぁ」


日菜子がポツリと呟き、それに対して白猫はによりと笑って答える。


「ひぃっ!み、美希?!ね、猫が喋った?!」


「失礼やなぁ、日菜子はん」


日菜子は怯えて寺島の背後に隠れるが美希は猫の喋り方に聞き覚えがあり小首を傾げる。


「…東?

その喋り方、鈴木東よね?」


「へぇ、こんなけったいな身体になっても分かるんやねぇ」


「な、何してたのよ!心配してたんだからね!!」


「すんまへんなぁ。

コッチ召喚されて色々と調べてたさかい、なかなか会いに行かれへんかったんよ」


「なんで猫なのよ」


「僕が召喚されたんは教会の廊下やからねぇ。僕自身ようわからへんのよ」


「霧島はどうしたのよ。あんた達いつも一緒にいるじゃない」


「スーちゃんもコッチに来てはるよ。会ったのは今日の昼頃やね」


「そう、来てるのね」


「嬉しそうやなぁ」


「な、何言ってんのよ!今のは落胆よ!落胆!」


「その割にはニヤニヤしてはったで?」


東はするりと窓際から部屋の中に入り込みベットの上に座り込む。


「さて、話を戻そか」


「できれば話したくないのだけれど…」


「帰りたいんやろ?」


美希は嫌そうに顔を歪ませながら先を促す。


「さっきも言うたけど、ユグドラシル契約が何か探らなあかん」


「ユグドラシルの契約って、確か私達とユグドラシルの間に交わされた契約のことよね?

まぁ契約なんてしてないから分からないけど…」


「ゴルゴン王の話じゃ他の異界者達はそれぞれの国の目的に賛同して異世界に来たんやろ?

そんで目的を達成して元の世界に帰されてさようなら?そんなわけないやろ。

どんな世界から連れてこられたかは知らへんけど見ず知らずの他人にそこまで奉仕する事なんて有り得へんやん。

そこには必ず目的を達成したあとの報酬があると考えるのが自然や」


「ゴルゴン王が私達に嘘をついてるって言うの?」


「せやなぁ。嘘か本当かは分からへんけど隠してる事があるのは間違いないと思うわ。

明らかに僕達にとって重要なユグドラシルの契約の内容を話してないんやからなぁ」


「安易にゴルゴン王を信じるなって事ね」


「最悪王国を離れることも視野に入れといた方がええで。

先ずは現状を把握する事や。そのためにはユグドラシルの契約の内容を把握する事が重要やね」


「はぁ、面倒な話しね」


美希は片手でおでこを抑えて溜息を吐き、日菜子は途中から思考放棄したのかポカーンと口を開けて呆けている。


「ほな、コッチはスーちゃんと調べてみるわ。

あっ、僕達の事はみんなには内緒にしといてな」


「え?なんでよ」


「んー?

だって僕、君達とスーちゃん以外信用してへんもん」


東はによりと笑って窓から外へと出ていく。


誰も信用していない。

そう言えば東が水以外と話しているところを一度も見た事がないのを美希は思い出す。

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