第6話


▼▼▼


ユグドラシル王国。それは世界で一番巨大な国として栄えている。

石造りの家が立ち並び、道の端には数多くの出店が存在し声を上げて客引きをしている。魔法を巧みに利用した街並みは近代魔法技術の最先端が使われ、街中に作られた街灯が夜の街を照らす。


そしてユグドラシル王都の中心には天を突くほど巨大な時計塔があり、針が絶えず時間の流れを刻んでいる。


「スゲェ…俺達の世界じゃロンドンに似てるなぁ。行ったことねぇけど」


「敦、ゴルゴン王はお忍びで来てるんだ。見つかったら問題だぞ、カーテン閉めろ」


「へいへい」


「カイドさん。王城まではどれくらいなんでしょうか」


「そうだな。

明日には到着するだろう。王城に着いたら君達に個室を用意する。狭い馬車の中じゃ満足に寝られないだろうからな。

王城で少し疲れを癒したら早速君達には訓練を行ってもらう。もちろん、志願者の者だけだ。

残りの者は志願者のサポートに回ってもらう」


カイドは皆を見渡しながら答える。


「それにしてもカイド、君が生きて帰って来れた事を私は嬉しく思うよ。だが、君はあの時の決死の覚悟で戦闘へと向かったはずだ。君自身、此処を墓場と決めていただろう。

私も異界者相手では勝つのは厳しいと思っていた。

何があったのだ」


「ゴルゴン王、魔力玉です。私はその魔法によって助けられたのです」


「魔力玉とな?初級魔法である魔力玉で君は助けられたのか?」


「魔力玉自体はなんの変哲もないただの魔力玉です。

しかし、それが放たれたのは目に見えないほど遠くからの射撃でした。しかも逐次射撃角度を変えなが撃つことで射撃場所を悟らせなかった。

常人離れした魔力コントロールです。

俺はその魔力玉に助けられ、敵の異界者を撤退させる事に成功しました」


「常人離れした魔力コントロール。スーリエ、か」


「やはりゴルゴン王も思い出されますか」


「あぁ、凄惨な事件だった」


「凄惨な事件、ですか?」


「あぁ。

そうだな。まだ宿屋に着くまで時間が掛かる。それまでの暇つぶしとして聞いてくれ。

スーリエは嘗て俺と共に旅した男、従者の一人だ」



▼▼▼


誰よりも努力を惜しまず、絶えず自らを鍛え上げる事しか考えていない変わったヤツだったな。

毎日毎日剣の素振りと魔力コントロールばかり、新しい技なんかに目もくれないでひたすら基礎能力ばかりを鍛えていた。それは傍から見てても地味な作業でしかなかったが、その努力によって彼は見事勇者一行の従者に選ばれた。

彼の役割は従者として我々の荷物を運んだり馬車を用意したりと、まぁ雑用が殆どだった。

だが彼はその類まれなる努力の果てに魔族と対等に戦えるほどの力を身につけた。

俺達は一様に驚いていたが、当然とも思ったよ。彼は誰よりも努力と研鑽を積み重ねていたのだからな。


そして彼は聖剣エクスキャリティアの加護を受けた俺に追従するほどの力を得た。


それから数年の旅路の果てに、俺は魔族が人間と同じ価値観を持つ存在である事に気づいたのだ。

見た目が違うだけで親がいて、子がいて、愛し合い、他人を尊重する。時にはいがみ合い喧嘩もする。感謝もすれば礼儀もある。


そして俺はゴルゴン王を説得したのだ。魔王と交渉させてくれと。

その頃には俺自身が助けた魔族もいてな。言い方は悪いが、魔族からの信頼も一部からは得られていた。

それに魔国は魔力濃度が高く貴重な鉱石が多く取れるため、和平を結ぶ事はユグドラシル王国にとって大きな利益を得ることが期待できた。また、魔国側も魔力濃度が高い土地では作物が育たず人の住む土地を欲していた事もあり、交渉の余地ありとゴルゴン王も俺の言葉に賛同し、了承してくれた。


しかし、そんな時に事件は起こってしまった。魔族との交渉に向かう際、魔国の国境付近のサルディア街にスーリエが単独で奇襲を行い魔族を虐殺したのだ。


俺は報告を聞いたあと、急いでスーリエを止めに行った。しかし俺がサルディア街に到着した頃には魔族軍の半数近くが殺されていた。


俺には何が起きているかは分からなかった。スーリエは魔族と友好を結ぶ事を一番喜んでくれていた。気の抜けていてぶっきらぼうなところもあるが、誰よりも俺の進む道を支えてくれていたのだ。


なのに奴は殺した。俺達の友人であり、人間と魔族の友好を願ったエミルという魔族の女性をも殺した。


俺は魔族軍大将カースを殺そうとする彼の行いを止め叫んだ。何故だと。俺達は魔族との友好を望んでいたのではないのかと。

スーリエは何時もの無気力な目で言った。


「あーあ、逃がしちまった。はぁ。何故、か。

そうだな、俺は勇者になりたかった。そのために全てを捨てて努力してきた。だが聖剣はお前を選んだ。そして鍛えた力は振るわれること無く終わろうとしている。

なぁ、俺は何のために大切なもんを捨ててきたんだ?何で俺は強くなったんだ?

血の滲むような努力は何の為だ?

無駄にしたくないんだよ。

だから俺は意味が欲しかった。

『魔族は俺の両親を殺した存在。そいつらに復讐するために俺は努力してきた』

そうすれば、俺の辛く苦しい努力にも意味があったのだと、そう思える。

なぁ、だからそこどけよ。

俺の人生に役割をくれよ!」


俺は叫んだ。

信頼していた仲間に裏切られ嘆きを。力に溺れた仲間への怒りを。


加護持ちとそうでない者の戦いだ。勝負は一瞬、私の勝利で決着した。

スーリエが魔族を襲撃した事実は人間と魔族の間に深い亀裂を残し、交渉は難航した。

交渉は長く続いたが、お互いが友好を結ぶ事によるメリットを重視していた事が決定的となり、スーリエの公開処刑という形で友好は結ばれた。


▼▼▼


「そんな事があったんですか…」


「あぁ。スーリエは優秀な仲間だったが最後は力に溺れて死んだ。

今回俺を助けた魔力玉の遠距離射撃が彼の使う魔法の一つだったからな。あの時のことを思い出してしまった」


「なんて野郎だッ!

平和な世界になろうとしてたのに、虐殺なんてよォ!

意味を与えたくて?役割をくれ?

ふざけんなっ!人生に意味も役割もねぇだろうが!そんなもんに無関係奴らを巻き込みやがってよォ!」


「落ち着きなよ、敦。終わった事だ」


「そうだけどよォ!

なんかむしゃくしゃしねぇか?!」


「本気で怒れるとは、それほど俺達の事を思っての事だ。ありがとう、敦。

だが、何年も昔の話で終わった事だ。決着は着いた。奴は死に、王国は大きな繁栄を遂げることができた。

俺達は前身している。過去に囚われることはない」


「…そうかよ。実際俺はスーリエって奴を知らねぇわけだしな。カイドさんが問題無いって言うなら、間違いねぇよな」


「ハッハッハ、我々は良い異界者に恵まれたようだ。そうだろう?カイド」


「はい。他人の身を案じ本気で怒れる者などそうはおりません。素晴らしい魂の持ち主です。

さて、そろそろ宿屋に着く。皆を降ろす準備をしてくれ、誠、敦」


「分かりました」


「敵の襲撃で急な出発になってしまったが、皆そろそろ混乱が収まってきた頃だろう。今夜ゆっくり皆と話し合い、戦う者とサポートに入る者を決めてくれ。

もちろん、今日で答えを出せとは言わない」


「了解です」


神崎は目的地に着く事を舞と凜音に知らせ、敦と一緒に他の馬車に乗っている生徒達へと知らせに行く。

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