第5話


▼▼▼


攻撃の激しさが増していく。

一打一撃を交わし合うごとに鋭さが増し、全身の筋肉が悲鳴を上げる。

なるほど、これがリヴァイアサンの加護か。

紛い物の俺とでは格が違う。

俺はユグドラシルから直接加護が与えられている訳では無い。聖剣エクスキャリティアから間接的にユグドラシルの加護が与えられているだけだ。

言い訳にしたくないが、歳のせいで身体も思うように動かない。


だがまだだ。まだ俺は戦える。

歴戦の猛者達と戦ってきた経験と技術が、俺にはある。


「おい雪斗ッ!!殺されてぇのか?!

槍を構えろ!死に物狂いで殺しに行くんだよッ!

テメェのを忘れちまったのか?!」


「うるせぇッ!!しっかり頭の中入ってるよ!チクショーッ!!」


そうだ。彼は目的のために戦っている。ゴルゴン王は彼らに教えなかったが、ユグドラシルの契約には彼らが知るべき重要事項が記されている。

ゴルゴン王の考えは分かる。彼らの為にも、浅はかな考えはして欲しくないのだろう。

だから敢えて『異世界に帰れる』と言ったのだ。


「…ぐっ」


更に攻撃の激しさが増す。殺されるのは時間の問題だ。しかしまだだ。彼らが無事に王城にたどり着くまで、俺は戦う。

ここで命尽きるかもしれないが、この命は少年達、そして王国に刻み込まれ、輝き続けるのだ。


「まだだ!俺はまだ死んじゃいねぇぞッ!!」


身体中を切り刻まれようと、俺はまだ戦える。

剣を操り、身体を操り、感覚と経験だけで相手の攻撃を予測し、急所を避け、相手の首を切りにいく。


「…グッッ!!」


俺の剣が一瞬鈍る。


あぁ、クソ。こんな時にマリアの顔が浮かんじまった。生へと執着か。それとも死への恐怖か。

心配させたくなかったんだかなぁ。それが仇になっちまった。


その隙を逃がすこと無く、少年の一人の剣が私の胸を貫こうと迫る。防御は間に合わない。


……終わったか。すまねぇ、マリア。


「なッ!?!」


しかし、その剣は俺の身体を貫くことは無かった。

俺の身体に触れる寸前、何かが剣を横から叩いたのだ。


それはなんの変哲もない魔力玉。魔法学園で習う最初の魔法だ。それは当たった物を弾く程度の力しかない初級中の初級魔法。


俺は直ぐに体勢を立て直して少年を蹴り飛ばして距離をとる。


そして魔法の出処を探るため、視線を向けるが見えるのは広大な湖のみ。


何処から撃ったんだ…。

なんの変哲もない魔力玉。しかしそれは目に見えないほど遠くから放たれている。


通常では考えられないほど精密な魔力コントロールだ。

こんな芸当ができる人間を俺は一人しか知らない。しかし彼は既に死んでいるはずだ。


俺はそれから数度少年達と打ち合うが、致命傷となり得る攻撃の尽くは謎の魔力玉によって弾かれる。

一度は仲間の一人が魔力玉を撃つ者を探そうとするが、魔力玉は四方八方から飛ばされるので出処が分からず、諦めた。


「クソッ!これ以上の収穫は期待できねぇな。

おいッ!!ここは一時撤退だ」


「だがッ!」


「だがもクソもねぇよ、賢人けんとッ!!

俺達は奴を殺せなかった!そして異界者を逃がしちまった!これが現実だ!」


男の一人が声を上げて少年達を止める。


「チッ!お前さえ殺せばユグドラシル王国は簡単に潰せると思ったが、なかなか手強い味方がいるじゃねぇか。

次は確実にテメェを殺してやるよ」


男は不機嫌そうに俺を睨みつけてから少年達を連れて帰っていく。


「…助かった、か」


私はサフリア教会まで降りて座り込む。


「…何だったんだ、あれは」


思い返すのは幾度と無く俺を救った魔力玉だ。これが無ければ確実に俺は死んでいた。

遠距離から放たれる百発百中のコントロール射撃。


「……スーリエ」


過去に俺と共に旅をした男の名前だ。

彼は常人では考えられないほどの努力の果てに俺に追従するほどの力を持った。


しかし、最後はその力に溺れて死んだ。


「嫌な事を思い出したな」


俺は思考を切り替えて立ち上がり、周りを見渡す。


「接触はないか。助けておいて会いに来る気配がないとはな。

不気味ではあるが……まぁいい」


俺はサフリア教会に残された馬を引っ張り出し、轡を掴んで乗る。

俺は大きく息を吸い、湖に響き渡るほどの声を上げる。


「此度の戦闘ッ!!!!我が命を救いッ!!我が使命を共に果たしてくれた事ッ!!!!

心より感謝するッ!!!!!!」


伝わっているだろうか。

俺は馬に指示を出して走らせる。



▼▼▼


こちらまで響いてきた声を聞いて俺は呆れながら笑う。

十八年のブランクがあったが、あの時の努力は身体を超えて魂にまで刻み込まれているみたいだ。魔力の精密なコントロールはこの身体であったとしても実現することができた。


「しっかし、あれカイドだよなぁ。昔は王子様系イケメンだったのに、随分ワイルドになっちまってなぁ」


それにあんな筋肉ムキムキではなかった。


「ま、それにしてもカイドがいるって事はそこまで年月は過ぎてないのか。

それにあの馬車、恐らく皆乗ってるな。

遠目で分かりにくかったが、ありゃあ神崎だろ」


馬車が橋を渡り終えた時、遠目だったが馬車の後方から神崎が顔を出していたのが見えた。異界に来ても得意のリーダーシップを発揮しているように見える。


「さてさて、カイドがいるって事はそこまで皆に接触できねぇな。近づき過ぎて変な疑いを持たれても困るし、もし正体がバレたら殺されそうだ」


とりあえずはユグドラシル王都に向かい、どうにかケット・シーと再会したい。情報はケット・シーから貰えばいい。


「つーわけで行くか」


俺は足元に魔力を集中させて魔法陣をくるぶし辺りに展開する。

先程カイドや敵が使っていた魔法だ。


俺は上手く魔力をコントロールしながら魔力の消費を抑え、ユグドラシル王都に向かう。


▼▼▼


「……」


俺の心はどんよりと濁っていた。

あれを、俺達にやれと言うのか。あの常人離れした戦闘を、戦争すら経験したことのない俺達に。


「ゴルゴン王、俺達にあんな事ができるんですか?」


「厳しい言い方だが、できなければ君達は元の世界に帰ることはできん」


思い出すのは家族の笑顔だ。

今頃は俺が帰ってこないと焦っているだろうか。母さんは心配性だから取り乱しているだろう。そしてそれを父さんが冷静に落ち着かせているに違いない。

そんな光景が、ありありと目の裏に浮かんでくる。


「わかりました…。

やります。俺は必ず敦や凜音、舞や皆と一緒に元の世界に帰るッ!」


「あぁそうだ!手伝うぜ誠ッ!」


後ろから敦の声が聞こえる。


「カイドさんは命を懸けて俺達を救ってくれた。なら俺達もカイドさんに恩を返さなきゃならねぇ。

王国を守り、元の世界に帰るんだッ!」


振り向けば敦がニカッと笑って俺の肩を叩く。


「敦…。戦おう、一緒に。

ゴルゴン王、俺達に戦い方を教えてください」


「決めたのだな」


「はい」


これからどれほどの困難が訪れるのだろうか。どれほどの壁が立ち塞がるのだろうか。何度俺は心を砕かれるのだろうか。

分からない。分からないけれど、皆と一緒なら越えられるはずだ。


恐怖はある。不安もある。目の前は暗闇で何も見えない。


けれど…。


「目的に向かって歩みを止めなければ、きっと光は見える。何時かは辿り着く」


「なんだそれ?ドラマか漫画のセリフか?」


「まぁね。でもそうだろ?」


そしてその最初の光は落ちていく太陽を受けて現れる。


「カイド…」


ゴルゴン王が驚いた様子でポツリと呟いた。

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