第4話


▼▼▼


生まれ落ちてから五年経った頃だろうか?

俺は前世の記憶がある事を理解した。最初はそれが何なのか分からなかったが、一年、二年と時を重ねていくうちに、それが残酷な一人の人生である事が分かった。


「偶然、にしては可能性の低い事柄が重なりすぎてるな。

一体俺に何をさせようとしてんだよ、ユグドラシル」


問いかけに返答などありはしない。しかし言わなければ気が済まない。人生に意味など無い。理由など無い。ただ機械的に生まれて機械的に死ぬ。それだけだ。

なのに何故自分は前世の記憶なんてものを持っている。そして何故自分はまた懐かしくも憎たらしい前世の世界に舞い戻ってこなければならないのか。

まるでその人生に意味が与えられているみたいだ。


「はぁ…いけねぇ。忘れろ忘れろ」


俺は気持ちを切り替えるように頭を振る。


「よし、先ずは皆を探さねぇとな」


地面を見る限り魔法陣は無い。召喚魔法に魔法陣は必要不可欠だ。それは世界の狭間を超える召喚魔法であろうと同じのはず。となれば俺は正規のルートでこの世界に来ていないのかもしれない。

召喚される時、俺は皆がいる位置からかなりズレている。そこに何かが干渉して俺は此処に飛ばされたのだろう。

もちろん推測でしかないが。


「…異世界召喚なんて大それた事は一般人にできるわけがない。となれば国が関わっているのは確かだろう。

それも王家クラスの関与は確実だ。

位置のズレはあるにしろ、そこまでの距離は離れていない。

…この辺りで異世界召喚できるような打って付けの場所は……あそこか」


俺は木々の隙間から大きな湖を見る。

ユグドラシル王国、ルクイド森林の中に存在する大きな湖。その湖の中心には天高く伸びる白亜の教会が聳え立っている。


「王家所有の教会、その聖堂ならユグドラシルの力を借りて異世界召喚を成功させる可能性は高いだろうな」


ケット・シーは俺よりも皆の近くにいた、となれば教会内に召喚されている可能性がある。

王国が何故魔王の脅威が消えた世界で異世界召喚なんてしたのかは分からないが、それに俺やケット・シーが巻き込まれるのは御免だ。


俺はこの世界の記憶を持っている。その事で何か疑いを持たれるかもしれないが、ケット・シーになら話しても問題ないだろう。


俺は森の中を移動して湖を目指す。

幸いこの辺りはユグドラシルの加護により魔物は寄り付きにくい。真っ直ぐ歩けば簡単に教会へと辿り着く事はできるだろう。後は素知らぬふりをして皆と合流しケット・シーを見つけて王家の目的を探る。

裏がありそうなら逃げればいい。


「ん?」


木々の隙間から見える青空に何かが走った。


「青い光…魔法陣、人か?!」


それは空を駆けるように飛ぶ人であった。両足のくるぶし辺りに展開された小さな魔法陣は青色の光を発しながら人を宙に浮かし、飛ばしている。


向かう先は俺と同じ方角、ヘルサフリア教会だ。

俺は急いで湖へと向かう。木々の隙間を抜けてしばらく走った後、ようやく湖の全貌が見渡せる。


「…襲撃」


巨大な崩壊音と共に教会の屋根が吹き飛ばされていた。襲撃者は五人、それぞれが足に魔方陣を展開して飛び回っている。


「ヘルサフリア教会に何かがあるのは間違いなさそうだな。他国からの襲撃か?

それにしては人が少ねぇ気もするが…」


前世の記憶を手繰り寄せながら、俺は魔法陣を展開する。少しの脱力感と共に足裏に光が集まり、小さな魔法陣が展開させる。


「よし、問題なく魔法は発動できる」


ゆっくりと足を水面に下ろす。地面を踏み締める時と同じような感触を持って、俺の身体は水面の上に立つ。


まぁ、自分が行ってどうにかなるとは思っていないが、一人くらいなら逃がせるだろう。


「さて、どうするかな…」


▼▼▼


巨大な爆発は教会全体を揺らした。部屋中に小石が降り注ぎ、生徒達は一斉に悲鳴を上げて錯乱状態に陥る。


「神崎ッ!!」


「カイドさんッ!!何が起こったんですか?!」


「恐らく敵国の襲撃だろう。君達が召喚される事を予測して襲撃に来た。召喚直後であれば殺すのは容易いことだからな!」


「僕達はどうすれば!?」


「直ぐに逃げる準備をする。

馬車の準備は部下に任せてある。君達は教会の入口に向かってくれ。

敵は私が抑える」


「カイドさん一人ですか?!」


「言っただろう。

これでも元勇者だ。敵の異界者にも引けを取らんさ。君達を必ず守り切ってみせる」


そう言ってカイドは剣を抜いて部屋を出ていく。


時間が無い。

神崎は急いで生徒達を移動させる。


「水橋先生ッ!!」


「分かっている!

錯乱してる奴は俺が叩き起してやるよ!」


水橋は湧き上がる恐怖を押さえ込んで生徒達に喝を入れる。

水橋の大きな声と命令口調は生徒達を機械的に行動させる事に長けている。恐怖を感じながらも生徒達は急いで部屋を出て入口に用意された馬車に入っていく。


「神崎くんッ!コッチだ!」


「はい!」


最後にゴルゴン王に手を引かれて神崎が馬車の中に入る。


「よし!出せ!」


王の声と共に兵士の一人が馬を操ると馬車は馬の嘶きと共に激しく揺れながら橋の上を走る。


神崎は馬車の後方からカーテンを開けて頭上を見る。


そこでは人が空を飛び、武器を片手に戦っていた。

神崎と同じ年代の少年三人が武器を片手にカイドを攻める。しかしカイドは剣を操り、相手の攻撃を払い除けるように避ける。

そんな中で時折、二人の男が現れて少年達に迫るカイドの攻撃を防いでいる。


「凄い、ですね。人が空を飛べるなんて…」


「魔法の力だ。君の世界には無かったのだろう。

それにしても、不味いな…」


ゴルゴン王は空で戦うカイドを見て眉を顰める。


「何故ですか?

カイドさんは三人相手でも余裕で対応しているように見えますが…」


「あぁ、確かにな。

相手はリヴァイアル帝国が召喚した異界者だろう。故にまだ戦闘経験が浅く、攻撃も単調で避けやすい。

だが、後方に待機する二人が異界者への攻撃を防いでいる。あれは異界者を訓練しているのだ。

致命的となる攻撃だけ防ぎ戦闘させる事で異界者の技量を上げていく。

彼らには君達と同様、加護が与えられている。恐らくはリヴァイアサンの加護だ。例え戦闘初心者であろうが常人の数倍のスピードで成長し、強くなる。

このままではカイドは負けるだろう」


「なっ…ッ!!

ど、どうにかならないんですか?!」


ゴルゴンは目を逸らさず頭上で戦うカイドの勇姿を見る。その誇り高き背中は幾度と無く王国を救い、導いてくれた。


「どうにもならんよ。

カイドは賭けたのだ。君達の力に、成長に、勇気に、そして光に。

彼は自らの死を次に繋げようとしている」


「そん…な…」


「よく考えたまえ。

例え君達が何かの手違いにより偶然ここに連れてこられたのだとしても、自らで最良の選択肢を出さなければならない。

被害者だから、では許されない世界に来てしまったのだ」


そう言ってゴルゴン王は瞑目する。

神崎達に重い責を与えるつもりはなかった。しかし被害者だからと殻に閉じこもっていては前身すること無く、彼らは元の世界に帰ることができない。

彼らが元の世界に帰るには知らなければならないのだ。殺し合いの残酷さを命を奪う事の空虚さを。

彼の死は必ずこの少年の心に残り、影響を与えるはずだ。


ゴルゴン王はそう思い、誇り高い背中を見上げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る