第3話

▼▼▼


「どうなってはるんやろうなぁ、これは…」


気づけば教会のような場所にいた。

湖の中心に建てられた天に伸びる白亜の教会。僕はその教会の廊下に倒れていた。


運良く誰にも見つかることなく移動することができたため皆の姿も見つける事ができたわけだけど。


「なんで僕だけ猫なんやろか?」


姿が人間ではなかった。

身体はふわふわの白い体毛で覆われ、掌を見ると肉球が付いていて、後ろを振り向けば二又に分かれた尻尾が見える。


皆は僕のように猫の姿になっていない。人のままこの教会に連れて来られている。


「ふーん、まぁええわ。

スーちゃんもいないみたいやし、今のところは離れて様子を伺うほうが良さそうやなぁ。

とりあえず情報収集でもして見よか」


できればすいも見つけたい。

彼は光に包まれる直後、僕を庇ったあと何かを見て追いかけていた。彼はあの光を知っているかもしれない。昔から秘密主義的なところがある彼の事だ。今回の事も何か知っていても不思議じゃない。


僕は人に見つからないように大きな壺や像に隠れながら廊下を進む。しばらくして廊下を曲がった先、生徒達が最初に見た教会の聖堂のような場所に続く扉を見つける。

扉の前に二人の鎧を被った人が立っているところを見ると先程の王冠を被った髭モジャの男がいるのかもしれない。


「盗み聞きでも出来たらええんやけどなぁ。

あぁも守られてたらかなわんわぁ」


道は一本で遮蔽物も無い。彼らに見つからずに扉を抜ける事など不可能だろう。


「猫ゆうても教会に突然現れたら不自然やろしぃ。透明人間。いや、透明猫にでも成れたら楽なんやけどなぁ…ぬわっぷ!」


急に身体が軽くなり、凭れていた大きな壺をすり抜けるように僕は倒れてしまった。


「なんや…これ…」


猫になっただけでも奇想天外で受け入れられない事実であるのに更に上乗せされた。

僕の身体が透明になって壺をすり抜けたのだ。

そのせいで壺から顔が出た間抜けな猫になってしまったのだが、鎧の兵士達が僕に気づいた様子はない。


「ふーん、まぁええわ。

人生は諦観と妥協と逃避が大事やからね。うん、スーちゃんの言葉や。

人生、やのうて猫生を満喫しましょ」


僕はふらりと鎧の兵士二人を通り過ぎ、扉をすり抜ける。


「彼らは我々の願いを聞きつけて召喚された訳では無いのか…」


「そのようですね。

大部屋に移す際、神崎氏に少し確認を取りましたが、彼らは突如として光に飲み込まれ、気づけば教会の聖堂に居たと…」


聖堂の中心で二人の男が話し合っている。

一人は先程の王冠を被った男。もう一人は髭面でダンディーな筋骨隆々のオジさんだ。


「何かの手違いがあったか…」


「えぇ、ですがこれは…」


「分かっておるよ。

手違いであった、知らなかったでは済まされない事だ。しかし、我々も民の平和を守るために全力を尽くさねばならぬ。

召喚が成功されたからには、ユグドラシルの加護は彼らに与えられているだろう。

彼らの意志を確認次第、能力の有無の確認と早急な訓練が必要となる」


「彼らを返す事は…」


「できん。

コチラに召喚されてきた以上、ユグドラシルとの契約は果たされている。彼らが元の世界に帰るには契約事項の目的を果たさなければならないだろう」


「……わかりました。

であれば早急な対応が必要です。私たちの為にも、彼らの為にも」


「もちろんだ。これ以上待たせては無礼だ。

此方も方針は決まった。直ぐに説明へと参ろう。カイド、護衛を頼む」


「もちろんです」


そう言って二人の男は僕が入ってきた扉を開けて出ていく。彼らが何故此処に連れてこられたのか、説明がなされるのだろう。

だがどうにも直ぐに解決される問題ではないらしい。そもそも召喚とか能力とか、明らかに非現実的な要素が会話から聞き取られた。嘘を言っているようにも思えない。


「事実は小説よりも奇なり、やなぁ」


僕はまたするりと扉を抜けて皆の集まる大部屋へと向かう。


そこでは丁度説明がなされる直前だったのか皆が静観して髭モジャ男の言葉に耳を傾けようとしている。


「さて、どこから話せば良いか。

よし、先ずは前提の話しだ。君達は大きな光に包まれてこの世界に来た。そう、世界だ。

君達は我々によって異世界から連れてこられたのだ。

このユグドラシル王国のヘルサフリア教会にな」


皆が事実を受け入れられないのか呆然としていた。笑い飛ばして否定する者はいない。否定するしても、彼の語った言葉はあまりにも重苦しく、現実的で否定する事などできなかった。


「我々は三十年前、魔族の王である魔王の侵略を食い止めるため、偉大なる魂を宿した聖剣エクスキャリティアを使い一人の勇者を選定した。

その男が彼だ」


そう言って髭モジャは髭面を紹介する。


「彼の名はカイド。

彼は勇者として聖剣エクスキャリティアに選定され、長い旅路の果てに王国と魔族の戦争を止めた英雄となったのだ」


「旅の中で、俺は魔族も人と同じような思考や価値観を持っている事に気づいた。今までは人をただ殺すだけの機械のような存在かと思い込んでいたが違ったんだ。

俺はユグドラシル王に訴えかけ、王国と魔国が協力して歩いて行ける道があるのだと説いた」


「そして、大きな問題を抱えながらも使者として魔国に赴いたカイドは長い交渉の末、戦争は集結した。

まだ魔族に対する民衆の偏見はあるが、それも徐々に薄れ、いずれは友好的な関係を結んでいけるだろう。

ただ、ここで1つの問題が起こってしまった。

君達を異世界から召喚したのは、それが理由だ」


誰にもがゴクリと唾を飲んだ。

僕も唾を飲んだ。毛を飲んでしまって咳き込んでしまった。

猫の身体も不便やなぁ。


「他国、特にリヴァイアル帝国が我々を魔族と共謀した人類の敵と断定し、攻めてきたのだ」


「つまり、…俺達がその国と戦えって事ですか?」


静観していた神崎が髭モジャに対して慎重に質問する。


「あぁ。本来であれば我々も国同士の戦争に異界の住人を巻き込むつもりはなかった。

しかしリヴァイアル帝国が我々と同様の異界召喚をしてしまった事で状況は変わってしまったのだ」


「し、しかし俺達は戦争なんて無縁の場所から来ました!急に戦えなど言われても不可能です!」


「それはリヴァイアル帝国に召喚された異界の住人とて同じだろう。

君達は本当に一度も戦ったことなどないかもしれない。しかし君達は我々に召喚された事でユグドラシルから加護を授けられている。

それは我々のような者達では持ち得る事の出来ない巨大な力だ。例え戦争をしてこなかった者でもその加護さえあれば戦争を変革してしまう。それほどの力だ」


「……俺達は帰ることができないのですか?」


「本来であれば、この召喚は我々の目的を知り、それに応じた者しか召喚される事はなかった。だが、どのような誤作動が起きてしまったのか、何も知らない君達が召喚されてしまった。

誤った召喚だとしても召喚された以上はユグドラシルとの契約は成立している」


「契約とは?」


「我がユグドラシル王国を他国の脅威から守り、他国に召喚された異界の住人を殺す事だ。

その契約が果たされた時、君達は元の世界に帰ることができる」


「…そう、ですか」


神崎は瞑目して思考を巡らしている。

誰もが神崎の方へと視線を向けて答えを待っている。彼が今後のリーダーになるのは間違いないだろう。


「…時間を貰ってもいいでしょうか。

この問題は俺の判断だけで早急に決めていいものじゃない」


「あぁ、そうだな。

だが、コチラとしても執務が溜まっていてな。何日も君達の返答を待つ事はできない。

明日の明朝、教会を出発して我々は王城へと帰る。その時までとさせてもらおう。

身の回りの事は侍女に聞きなさい。

それでは、じっくりと慎重に考え、答えを出してくれ」


髭モジャはそう言って扉を開けて部屋を出ていこうとする。


「あ、あの!最後に聞いてもいいですか?」


髭モジャが扉を閉じる瞬間、寺門が声を上げる。


「何かな?」


「霧島水と鈴木東を知っていますか?一緒に光に包まれたんですけど、姿が見えなくて…」


「ふむ、運良く光を受けなかったのでは?」


「いえ、あの時二人も近くにいたはずです」


「…カイド、どうだ?」


「人数は召喚された時と変わりありません。

我々に召喚されたのならば聖堂に現れるはずです。

姿が見えないとなると此方に召喚されていない可能性と方が高いでしょう」


「そうですか」


寺門は気を落としたように肩を落として項垂れる。髭モジャは心苦しそうな顔を一瞬見せた後に、今度こそ部屋を出ていく。


僕はふらふらと部屋をすり抜けて、別の部屋に入り、実体化する。


「戻れって思っただけで実体化するんやねぇ。

それにしても、寺門さんは僕達の事覚えてくれはったんやねぇ、嬉しぃ話や。

でも気になるわぁ。髭モジャに召喚されていたのなら聖堂に召喚されるはずやのに、廊下に召喚されるなんてなぁ。

誰に召喚されたんやろ?

スーちゃんも光を受けてはったし、別の場所に召喚されてるはずやと思うんやけどなぁ」


解決されないモヤモヤを残しながらも僕は、とりあえず神崎の答えを静観して待つことにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る