第9話


▼▼▼


「約束が違うんじゃないか?スカーレット」


煌びやかな装飾が各所に施されている部屋で顔に火傷の跡が見える美しい女性を目つきの悪い男が睨む。


「ハッ、それは私達のセリフだよ。

ある程度の手傷を負わせているんじゃないかと思えば殆ど無傷じゃないか」


「へぇ、それでノコノコ帰ってきたのか。

血を啜る事しか生き甲斐のないヒトデナシが聞いて呆れるな」


「私達は勝てる戦争しかしないのさ。

一か八かの勝負なんて頭の腐ったギャンブラーに任せておけばいい」


「やっぱりテメェらは信用ならねぇな。

まぁこれでめでたく交渉決裂だ。お互い好き放題やろうじゃねぇか」


「ほぅ、好き放題ねぇ。分かったよ。

····だそうだよ!!デイビット!!!」


「あ?」


スカーレットが声を上げた瞬間、窓を突破って何かが部屋の中に転がり落ちる。


「賢人ッ!!」


それにいち早く気がついた雪斗は目つきの悪い男の前に立ち『武具召喚』を行う。


雪斗が盾を召喚した瞬間、部屋は耳を叩き破る程の爆音と衝撃に包まれ、目つきの悪い男と雪斗はドアを突き破り室外へと吹き飛ばされる。


「…だ、大丈夫か、賢人」


「うっせぇ!」


賢人は雪斗を押し退けて部屋に入り込むがスカーレットの姿は無い。壁が破壊され、外の風が部屋の中に入り込む。


「チッ、外に仲間を待機させてやがったな」


「交渉決裂、か」


「背後から首飛ばされる心配が無くなっただけだ。接触してみて分かったが火傷女は信用ならねぇ」


「じゃあどうするんだよ」


「ゴーラ帝国の奴らは気に食わねぇし、火傷女も駄目だ。王国にも顔見られてるし無理だろうな。

うちの奴らは根性無しばかりのクズ野郎だ。となれば今後も二人での活動がメインだな」


「そうかい」


「いいか?俺らは仲間じゃねぇ。

たまたま利害が一致しただけの仲だ。利用価値が無くなればアイツらみたいに俺が


「分かってる。十分承知してるさ」


賢人は鋭い視線で睨みつけ、雪斗は首に掛けたペンダントを握り締めて答える。


▼▼▼


「良かったのか?スカーレット」


体格の良い男が巨大な剣を片手にスカーレットに駆け寄る。


「何がだ?デイビット」


「交渉決裂の話だよ。

今回の作戦が成功したら同盟を結ぶって話だ」


「あぁ、その事ね。

リヴィバル帝国の異界者がガイドに重症を与えて私達が彼ら全員の息の根を止める」


スカーレットは懐から煙草を取り出して口に咥えて火をつける。煙を肺に入れてゆっくりと口から空に向けて吹き出す。


「いいのよ。言ったでしょ?

私達は勝てる戦争しかしないと」


「この世界に来たばかりのガキを俺らが殺せないと?」


「そうね。

ガイドさえ足止めしてしまえば簡単に虐殺出来るでしょう。あの子達が失敗したとしても私達だけで殺せるわ」


「だがそれでもスカーレットは勝てないと判断した。

あの国に何があった。魔国の介入か?」


「そうねぇ、何かと言われれば…」


スカーレットは煙草を足で踏み消して邪悪に笑う。


「幽霊かしらねぇ」


スカーレットがユグドラシル王国で見たもの。

どんよりと深い絶望。目の前に伸びる数多の道を消し飛ばされた時の、一寸先も見えない闇。


「はっ、幽霊ねぇ。

俺達と変わらねぇじゃねぇか!」


「あの国には当分手出しはしないわ。

楽しみは後に取っておかないとねぇ」


「OK、ボス。

次のターゲットは何だ?」


「魔国北西に位置するパルディア山脈、その鉱山地帯ムガハルト。先ずは金儲けでもして来るべき戦争に備えようか」


「だそうだぜ、諸君。

我らが大将は金が欲しいようだ」


「じゃ、行きやしょうかねぇ」


デイビットが笑いながら背後に声をかけると路地裏から黒髪の大男が巨大な斧を片手に現れる。その他にも人混みの中やベンチに座っていた男も呆れながらデイビットの背後に集まる。黒人や白人、東洋人、エルフや獣人など様々な人種がスカーレットを先頭に街の石道を歩く。


「さぁ、戦争の時間だ」


スカーレットは無垢な少女のような美しい笑みを浮かべる。


▼▼▼


ゴロゴロと車輪が回り、馬車を揺らしながら進んでいく。門番の掛け声で鉄の扉が開かれる。

馬車を引く馬は兵士達によって連れていかれ、生徒達は王とカイドに案内され、玉座の間へと辿り着く。


「さて、長い旅路であった。

教会では敵兵に襲われ、危機的状況に陥ったりもしたが、カイドは無事に我々の元に戻り、諸君等も誰一人欠ける事無く、この玉座に辿り着いた。

礼を言おう」


ゴルゴン王はゆっくりと階段を上り、玉座に腰を下ろす。それと同時にガイドや部屋の両端に立っていた兵士達が一斉に片膝をついて頭を垂れる。


「被害者の身でありながら、我々の戦争に参加する決意をしてくれた事を感謝する。

今日はゆっくりと休んでくれ、戦闘の手解きは後日、疲れが取れてから行う」


ゴルゴン王はそう告げてから侍女達に彼等を部屋に案内するように命令する。


「神崎誠、坂本敦、榊原真司、水橋修、寺島美希には伝えなければならない事がある」


「はい」


神崎は短く答えてその場に残る。

他の生徒達が全員部屋を出るとゴルゴン王は短い瞑目をしたあと、背筋を伸ばして彼等を見る。


「道中で君に問われた答えを返そう。

ユグドラシルの契約の内容、そして我々の真意を」


「…真意だァ?」


榊原が首を傾げる。


「ゴルゴン王は言ったよね。

異界者は各国の目的を知って、それに賛同した上で異世界に召喚されたって。

でも、目的に賛同したからって死ぬかもしれない世界に召喚したいと思うかな?」


「…あぁ、なるほど。

そこには俺達が知らない何かがある。だから異界者達は死ぬかもしれない世界に召喚された。

それがユグドラシルの契約って事か」


「そういう事です。先生。

でもその事をゴルゴン王は俺達に隠した。何故ユグドラシルの契約という俺達にとって重要なものを隠したのか。それが気になって道中に俺がゴルゴン王に聞いたんです」


「その時ははぐらかしたが、君達が戦う意思を示し、この玉座に辿り着いた今ならば、言えるだろう。

…ユグドラシルの契約。

いや、神々との契約とは、自らの願いを叶える権利を獲得する為のものだ」


「願いを叶える、ですか…」


「あぁ。これは大昔の伝承の中でしか語られてこなかった話だ。

その昔、神と人間が共存する世界で、神々に支配されていた人間は神々に反抗したのだ。しかし神は天界と呼ばれる場所に存在し、『全てを見下ろす者』として君臨していたため、誰も神々に手を出す事ができなかった。

そんな中で神々を地上に引き摺り下ろす魔法、『神下りかみくだり』が作られた。神は自らの存在を証明し続ける天界でしか権能を扱う事はできない。地上に引き摺り下ろされた神は人間と同等の性能しか発揮できなくなる。危機を感じた神々はそこで異界者を呼び、自らの権能を異界者に移す事によって人間に対抗しようとした。

それが一度目の異界者召喚だ」


理解できない。いや、理解しようにも頭の中に構築された常識が理解を拒んでいる。しかし召喚された異界者達はゴルゴン王の言葉を頭に刻み付ける。


「そして長い年月が経った後、他国も含め私達はその伝説を応用する技術を身につけた。

我々の国にはその土地に宿る神が存在している。我が国に宿る神はユグドラシル。

伝承によれば、神々と通じ合える異界者によって知ることのできた名であったそうだ。

私達はユグドラシルの力を借りて異世界召喚を行う事に成功した。一度目の異世界召喚を応用する形で、契約に多少の手を加える事でな。

願いを叶えるという契約は他国で行われた召喚でも同じだろう。私達が手を加えられるのは神々を自国にすり替え、勝利条件を設定すること。

我々の設定した勝利条件は戦争の終結だ。これは永久ではなく、ユグドラシル王国と魔国、そして他国との問題が解決されるまで。

私が君たちに元の世界に帰れると言ったのは、その願いを使えば元の世界に帰れるからだ」


「何故、俺達に隠していたのですか」


「欲望に目が暗み、安易な選択をして欲しくなかったからだ。

君達に教えたのは、戦う覚悟を決めたからこそ。安易にこの事を教えれば中途半端な覚悟で戦闘に参加し、必要の無い犠牲が出る可能性もある」


「そういう事でしたか…」


願いを叶える。

そんな事を言われても魔法なんて存在しない世界に生きる平凡な高校生と教師にとっては実感なんて湧いてこない代物だ。

でも確かに、その願いは甘美であると同時に人を奈落に引きずり込む猛毒でもある。


「分かりました。

皆には他言無用とします」


「あぁ、そうしてくれ」


話し終えた生徒五人は会話をするでもなく部屋に戻る。

願いを叶える。

その事だけが頭の中に響く。


それぞれが侍女の案内によって個室に招かれる。生徒それぞれに部屋が用意されているのだろう。


「願いを叶える、か」


神崎誠は用意されたベットに腰掛けてポツリと呟く。その言葉にどのような感情が込められているのかは分からない。

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