新元号発表によせて

ヒガシカド

新元号発表によせて

「あと数時間で新しい元号が発表されるね」

 僕は彼女を抱き寄せた。

「一緒にその時を迎えよう。まあもう知ってるんだけど」

「ねえ」

「何だい」

「私達がいつ出会ったか覚えてる?」

「勿論さ」

 彼女は微笑んだ。天使のようなその笑みに、僕は魅了された。

「タイムトラベルツアーの時。退位が決定したのにあやかって、昭和~平成間を旅したね」

「私と同じ」

「同じ?」

「言わなきゃいけないことがあるの」

 彼女は向き直った。

「私はあなたの私じゃないかもしれない」

 辛そうな伏し目すら、僕には美しく思えた。

「あの日から何か変なの。正確に言うと、世界が変わってしまったような気がするの」

「世界線コマンド…」

「そう。あの時私、設定を間違えたのかもしれない」

 僕は硬直した。

「ごめんね」

「そんなはずはない。ここは君の世界だ。現に同じ出会いの記憶を持っているじゃないか。君のドッペルゲンガーだっていない」

「あなたと私が出会わない世界もある。私が存在しないはずの世界だって」

 彼女は正しい。

 分かっている。なのに。

「嫌だ、僕と別れるなんて言わないでくれ。僕の世界から消えるなんて」

「同じツアー会社が世界線修正タイムトラベルを用意している。私はそれに参加するつもり」

「行くな!」

 僕は彼女の腕を掴んだ。

「僕は…僕は…」

 涙がとめどなく溢れてくる。

 本来なら、彼女が正しい世界に戻ることができる幸運を喜ぶべきなのだろう。タイムトラベルや世界線修正の不可能な世界に行き、二度と戻れなかった人々の話も聞いている。でも僕には無理だった。

「君を愛してしまったんだ」

「顔を上げて頂戴」

 目と目が合った。

「やっぱり修正ツアーに行くべきよ」

 彼女の意志は固かった。

「君は凄いな、僕にはとても真似できない」

「考えていることがあるの」

 彼女は続けた。

「本当に私は世界線を間違えている?あなたが間違えているんじゃない?」

「どういうこと」

「私の違和感の原因はあなたなの、何故私はあなたを愛しているの?」

「何故って、愛を上手く説明できる人なんていないさ」

「私が愛する『はず』の人は、本当にあなたなの?」

 僕は話を進めようとする彼女を止めた。

「君は僕を愛していないのか?」

「そうじゃない。確かにこの世界に私のドッペルゲンガーはいない。でも同様にあなたのドッペルゲンガーもいない」

「つまり」

「ここはあなたが存在しないはずの世界とも解釈できる」

 部屋が沈黙に包まれた。先に口を開いたのは彼女だった。

「オプションツアーに一緒に参加したの、覚えてる?」

「勿論」

「平成の次の元号、聞いたよね」

「うん」

「同時に言おうか」

 僕達は息を吸った。

「○○」

「××」

 息を飲んだ。

「どちらが世界を間違えているのか、新元号発表で分かるってことね」

 彼女は悲しげな笑みを浮かべた。一筋の涙が頬を伝う。彼女だって僕と同じように苦しいのだ。僕は溢れ出る言葉を飲み込み、彼女の手を取った。

 僕達は固唾を飲んで、その時を待った。長いようで短い時間が経ち、官房長官が画面に映った。


「新しい元号は、   




  

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新元号発表によせて ヒガシカド @nskadomsk

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