紅一点

ととむん・まむぬーん

おじいさまの忘れ形見

 紅子べにこの家には毎年一輪だけあかい花を咲かせるバラの木があった。よその家のバラの木にはたくさんの花がつくのに目の前で威風堂々と咲いているこの花はどうして一輪だけなのか、幼い紅子には知る由もなかった。

 それでも紅子はそのバラが大好きだった。共に暮らす祖父が毎日のように手入れをするときには紅子は欠かさず祖父についてまわりその仕草を見守るのだった。


「紅子や、お前の名はこの紅いバラの花からつけたんだよ」


 そして祖父はバラの剪定をしながら孫娘に向かっていつもそう話して聞かせるのだった。



「紅一点というのは中国の古い古い言い伝えでな、緑の葉の中にたった一輪だけ咲く紅いザクロの花の美しさを表わしているんだよ。おじいちゃんはな、その言い伝えにあやかってこうして毎年一輪だけ咲くように手入れしているのさ」


 新緑が眩しくなってきた初夏のある朝、祖父は紅子にそんな話をした。幼い紅子には故事成語のことなどさっぱりだったが、とにかく祖父がこのバラを自分が生まれるずっとずっと前から大切に大切にしてきたことだけは理解できた。


 そしてその日を最後に祖父がバラの手入れをするために庭に出ることはなくなった。



――*――



 次の春、紅子べにこは小学生になった。その背にある赤いランドセルは亡くなった祖父からの最後の贈り物だった。


「紅子、これをおじいさまの形見と思って大事に手入れをしなさい」


 そんな母の言葉もうわの空で紅子は窓の向こうに広がる庭のバラの木をただただぼーっと見つめていた。



 新入生の行事もひと通り終わってそよ風が初夏のさわやかさを運び始めた頃、祖父が愛でていたバラの木にはたくさんの紅が咲き誇った。それはまるで先ごろ天寿をまっとうした祖父を見送るようでもあり、紅子の入学を祝うかのようでもあった。

 それはそれは見事な様子に紅子の父も母も大いに喜び、道行く人もみな立ち止まってはスマートフォンのレンズを構えるのだった。

 そしてみながバラの見事さとそれを手入れしていた生前の祖父を褒めたたえるのを耳にするたび、紅子の心は紅子が持つ思いをうまく伝えることができないジレンマでいっぱいになるのだった。


「違うの、違うんだから。たくさんじゃなくて、おじいさまは……」



――*――



 ある冬の朝、紅子はクリスマスに両親からもらったプレゼント、それはアクリル製のゴーグルと革のグローブそれに小ぶりの剪定鋏だった、を身に着けてバラの木の前に立っていた。

 届かないところは背伸びをすればいい、それでもダメならば台に乗ればいい、これは私がやるんだ。これからは私がこの子の面倒を見るんだ。

 紅子は春のあの日、窓の外に映るたくさんの蕾を蓄えたバラの木を目にしたときからそう心に誓ったのだった。


「だってこの子は……このバラの木は、おじいさまが私に残してくれた本当の形見なんだから。だから私がやるんだから」




紅一点

――完――

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