第13話(完)

◇◇◇

 喫茶店の奥の席で、薫は女性と向かいあっていた。女性の前には平凡なブレンドコーヒーが、薫の前には巨大なグラスにソフトクリームやチョコチップ、フルーツなどが満載された豪勢な飲み物が鎮座している。

「彼、困ったちゃんなの」薫はストローの包装紙をいじりながら言う。「私を負かせられたら、なんだって良いんだって」

「……そのためにあなたをおとりにして、危険な目に遭わせた?」話の相手は眉をひそめる。「なぜ、そんな人と一緒にいるのです」

「お互い様だもの。わたしだってたくさん死ぬような目に遭わせたし」

 女性は困惑しながら、

「……あなたは、彼を愛しているのではないのですか?」

「わたしはね、わたしのせいで彼がボロボロになるのが好きなの」薫は微笑む。「事件を解決してやろうなんて気はぜんぜんゼロ。わたしは、彼が困ってくれればそれで良かった」

「……」

「わかるでしょ?なんとなく」

 ぐちゃぐちゃにした包装紙をグラスの下の結露に弾く。水分を得て、それはじんわりと広がる。

「あ、もしかして意外?それくらいの感性はあるんだよ?私にも」

「よく……、わかりません」

「そう?」首をかしげる。「ずっと私を見てくれて、感情をアップダウンさせる。私に勝ちたくて勝ちたくて、飽きもせず挑んでくる。論理も倫理もなげうって、身体や心がめちゃくちゃになっても立ち上がってくる。ずう~っと……、ね?それって、愛っていうんじゃない?」

「それは……、愛とは少し違うかも知れません」

「そうなの?じゃあ、これはなんて言うの?」

「恋。あるいは、執着」

「ふーん……、何が違うの?」

「恋は一方的なもの、愛は、二人が、互いにわかちあうものです」

「それは、私には無理だね。ふふ——じゃあ私は、一生『恋』してよう」 

 それを聞いた相手は目をつむり、小さく息をつき、「それじゃあ、私はこれで……」

「さようなら。私は元気だよ」


***

 ぼくは、店に入った所で、そこに立っていた黒いコートの女性にじっと見つめられ、頭を下げられる。

……知り合いだろうか?記憶にない。ぼくは頭を下げかえす。が、女性はさっさと外に出て行ってしまった。

 不思議に思いながら、薫の待つ席に向かう。ウェイターが薫の向かいの席にあるカップを片付けていた。薫は、自分の前にある巨大な飲み物も彼に下げさせる。ウェイターは全く手を付けられていない様子のそれを困惑しながら運んでいく。薫が嫌いな人間に対してよくやる嫌がらせだ。店で一番高額なものを頼んで無意味に捨てさるのだ。

 ぼくは薫の向かいの席に荷物を置く。

「誰か来てたのか?」

「まあね」

「黒いコートを着た人?」

「うん、そう」

「どんな知り合いだ?」

「私のママ」

「……、えっ?」

 ふり返るも、すでに女性の姿はなかった。

「まあまあ。座ったら?」

「君……、お母さん、いたのか」腰を下ろす。

「うん。ちゃんと出てきたよ?」

 ピースサインを下向きに立てる。

「だからそういう――いや、もういい」

 ぼくと薫は三日ぶりに九州の地を踏んだ。

 ぼくらが島の港に現れると、船に乗っていたマッチョな彼は、驚き狼狽していた。さらに、藤山さんはどうしたのか?と訊いてきた。

 それで彼が藤山老人とグルであることが判明した。ぼくらはそれをネタにして、彼にいろいろと要求させてもらった。

 島での殺人事件は連日多くの報道がなされた。後にわかったことだが、実に数十人分の人骨が、島周辺の海底で発見された。藤山老人は、以前から後腐れのない人間を募り、殺害していたのだ。

 一方、藤山老人に『被害者』を送り込んでいた人間の多くは明らかにならなかったが……

「ちゃんと、連れてった?」

「ああ。今ごろ家の裏にでもいるんじゃないかな」ぼくは時計を見て言う。

 あの顔のない二人組に、ぼくたちはある提案をした。それは、ぼくらをあの島に送りこんだ薫の友人たちの顔を剥ぎ、そこで入れ替わり、生活する、というものだった。写真を見せると、二人は友人達の顔をいたく気に入っていた。きっと、うまくやっていくことだろう。薫の話によれば、その友人はお金も沢山持っているようなので、不自由はしないだろう。

「すごいよね~」薫は嬉しそうに言う。「全部合わせて十人だって、十人。全員私に死んでもらいたかったんだって。私、自分がそんなに恨み買う子だったなんて、知らなかったなぁ」

「……」

「何か言いたいことあるの?執一君」

「本気で言っているのか、冗談なのか、はかりかねてる」

「うん、私も」

……正直、あの2人を解放することに対してはかなり思うところがあった。

 だが、薫を憎悪する友人達の脅威を考えると、あの2人に力を借してもらうのがベストな選択だった。

くわえて、薫が短期間のうちにあの2人の心を完全掌握しお友達モードに変えてしまったことも、ぼくの敵愾心をしぼませた。おふざけで武広さんの皮を被らされたときにはさすがに殺してやろうかと思ったが……

「……やれやれ」

 なにはともあれ、これで事件の処理は終わった。次の予定までは少し時間をもてあますことになりそうだな、などと考えていると、

「で、来週はどこに行く?」

「はあ?」

「なあに。どうしたの?執一君」

「あんなことがあったのに……、またどこか行きたいっていうのか?」

「だって、つまんなかったし?」

「いや、もうこれ以上ないくらい、すごかっただろ……」

「私、何もしてないもの。最後ひもで縛っただけ」薫はアイスティをストローで吸う。「でもあとは、執一君のためにまじめにがんばったよね?」

「ぼくのために?まじめに?がんばった?」

「おとり役やってあげたじゃない」

「あれは——」

「だから、執一君は、自分のお金と時間を使って、私に報いないといけないの」薫はクリーム付きのストローで水を吸う。

「……、ねーよ」

「――あ。そういえば」薫はポケットから折りたたまれた便せんを取り出す。

「……これは?」水色の便せんには、宛名などは記入されていない。

「ママから。執一君用」

「……」ぼくは便せんを開く。中身は手紙だ。巧みな筆づかいは、解読が難しかったが、文量は短かった。

「……」ぼくは、薫の顔を見上げる。

「しょー、たい、じょー」

 ぼくの反応に満足したのだろう。ほおづえをついた薫が、垂れ目を細めて、猫のように笑った。


――互い咎の処方 完――

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互い咎の処方 ソワノ @sowano

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