0ー26【決着】


 セットカウント2ー2に持ち込まれた熾烈な一回戦は遂に最終セットを迎えやがった。

 こりゃ一瞬たりとも目を離せねぇぞ。

 乙音、踏ん張れよ!



 位置についた二人は真剣そのものな表情で睨み合っている。やはり卓球はヤンキーだぜ……あんな鋭いメンチ切られたら並みの奴等ヤンキーは怯むぞ!?

 乙音のあんな表情は中々お目にかかれないな。これが卓上のヴァルキュリアと呼ばれる由縁か。考えただけで恐ろしい、もし、うちの学校に卓球部があったりしたら……乙音は俺に出会う事すらなかった存在かも知れん……



 ん、何か話してるみたいだ。



「小野寺さん、流石ですね。」

「あ、当たり前よ。伊草乙音に勝つ為にずっと練習してきたんだから……今日こそ、一回戦の恨みを晴らしてあげる!」

「わたしは……もはや無敵です。小野寺さんには悪いですが、また一回戦敗退ですよ。」

「い、言ってくれんじゃない……ふふ、でも、楽しいわね。」

「き、奇遇ですね……わたしも、楽しいです。」


 二人の口元が微かに緩んでやがるな。何を話してるんだか、聞こえにくいが何となく聞こえる。


「……そ、そそ、そうだ、き、今日の大会が終わったら……そ、その、えっと……」

「一緒にご飯、行きましょう。」

「そ、それよ。うん、約束ね。」

「悠一郎さんも連れてっていいですか?」

「あのリーゼント、やっぱり彼氏なの?」

「はい、彼氏ですよ。見た目とのギャップが可愛くてもう……はぅ。」

「あ、後で詳しく聞かせなさいよね、めちゃくちゃ気になるじゃない。さ、お喋りはこのくらいにして、決着をつけるわよ!」

「のぞむところですよ!」



 な、何を話してやがんだ。



 それはそうと、ここからは両者一歩も譲らない点の取り合いだった。

 二人の汗が台や床に飛び散る、踏み込みの際に響く床を叩く音、踏ん張る靴底が床にこすれる甲高い音、二人の気合いに満ちた声。


 こんな清々しいスポーツがあったのかよ……


 乙音の背中が眩しく感じた。いや、乙音だけじゃねぇ、小野寺の奴もめちゃくちゃ輝いてやがる。



 だが……この戦いにも、決着はつく。



 パシィーン、と強烈な一撃がコートを打ち、ラケットをすり抜けるように、後ろのフェンスに直撃した。球は……

 俺の目の前で落ち、床で数回バウンドした。


 すり抜けたラケットは乙音のラケットだ。


 11ー9


 勝者は……



「はぁっ……はぁっ……」


「……っ……また、まけた……」



 確かに球は乙音のラケットをすり抜けた。空振りした。しかし、その球は乙音側の台をバウンドしていなかった訳だ。つまり、小野寺早希の渾身の一撃がオーバーしたって事だ。

 リードされて尚、恐れずに点を取りにきた小野寺の奴は良くやったよ。いや、そうでもしなけりゃ、乙音から点は取れないって事、か。


 何にせよ凄い戦いだった。


 乙音は振り返って俺を真っ直ぐに見つめてくる。さっきまでの鬼気迫る表情が嘘のようだぜ。

 俺はその笑顔にいつも救われてんだな、いつの間にか乙音の手のひらで転がされてたみたいだぜ。


 清々しい笑顔を見せた後、コートでへたり込む小野寺の元へ走っていく乙音。

 そんな乙音を見上げた小野寺は差し出された手を取りゆっくりと立ち上がった。


 周囲の観客からは拍手が。まだ一回戦だってのに、決勝戦かってくらい盛り上がってしまったぜ。



 その後の試合は見るまでもない圧勝のオンパレード。俺と小野寺は観客席でその雄姿を目に焼き付けた。結果は優勝、立派なトロフィーとメダルなんかも貰っていた。

 表彰式での乙音の緊張っぷりは笑えるぜ。


「流石は伊草乙音ね。ま、私に勝ったんだし優勝してもらわないと困るけど。」

「しかし、お前もめちゃくちゃ強かったな。見直したぜ、お前も立派なヤンキーだ。」

「……え……ヤンキー?」

「お、乙音の奴が帰って来やがったぞ。腹減ったし、飯だな。」


 飯を食った後、乙音にバレないように病院に戻らねーとな。流石に痛みがぶり返してきたぜ。


「ゆーいーちろーさーん!」


 おいおい、どうしたいきなり抱きついて来やがって。ドキドキしちまうだろうがっ!?


 俺がそんな事を考えていると、乙音は小野寺にアイコンタクトみたいなものを送りクスクス笑いやがる。小野寺も悪戯に憎たらしく笑う。

 な、なんだってんだ、俺のリーゼントに何かついてんのか!?


「本当、かわいーじゃん、ゆーいちろー。」

「でしょっ!」


 か、か、可愛くねぇやい!


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