0ー18【試合】


 ふっ、今年も秋が来やがったぜ。この過ごしやすさはリーゼントにも優しい季節だな。

 それはそうと、今日は遂にやってきた試合当日だ。日頃の壁打ちの成果を見せられるかは知らないが、試合が出来るってだけで喜んでやがるし、勝ち負けに拘らねぇで楽しんでくれりゃいいか。


「……」


 今日はえらく無口だな、乙音のやつ。


「おい、緊張してんのか?」

「あ、いえ、精神統一ですよ。」


 一丁前な事言ってやがるぜ乙音の癖によ。へっ、可愛いじゃねぇか。この日の為にラバーも両面新調したし気合いだけはヤンキーだぜ。


 卓球用品の店に入ったのは初めてだったが、独特のゴムゴムした匂いが印象的だったな。それにあの店員のババァ、やり手だぜ。

 買ったラバーをその場で綺麗に貼っちまいやがった。ありゃ魔法だ。


 謎の専門用語で話し始めるし全くついて行けなかったが、どうやら乙音とあのババァはそれなりに長い付き合いみたいだった。



 しかしまぁ、卓球台もこれだけズラリと並ぶと変な感じだぜ。会場の雰囲気も地域のアマチュア大会の割には鬼気迫るものがある。

 やはり卓球はヤンキーだぜ。間違いないぜ。


 受付でエントリーを済ませクジを引く乙音は白い大きめのパーカー姿。俺は後ろでクジの結果が出るのを待つ。


 暫く待つと乙音が俺の元へ帰って来た。どうやら一回戦は隣町から参加した大学生みたいだ。恐らくバリバリ現役って雰囲気を醸し出している。

 こりゃぁ、ドンマイ、かな。


「まぁ、思いっ切り頑張って来いよ。」

「はいっ、悠一郎さん、応援してて下さいねっ!」

「おうよ。……あれ、乙音お前……」

「そ、それじゃ行ってきますっ!」

「あ、おい……気のせい、か?」


 試合はすぐに始まるようだ。

 俺は乙音と別れ観客席に腰掛ける。試合に出るのは乙音だってのに、何故か俺の脚が震えて来やがる。


 む、武者震いか!?


 俺の席から少し離れた場所に女子高生くらいの若い女が座ってやがるな。コイツは試合には出ないのか。……ん? 誰かに話しかけてるな。


「兄ちゃん、こんな地域大会で負けたら恥だからね? サクッと一回戦突破だよ!」


 どうやら兄が試合に出るみたいだな。

 ……って、その兄って乙音の相手じゃねぇか。兄妹で卓球してるみたいだな。

 その兄は無言で手だけ振って頷きやがった。余裕のある感じだぜ。


 ……お? 乙音のやつもコートに上がって来た。


 喝を入れてやるか。


「おーい、乙音! 負けてもいいから頑張れやい! 日々の壁打ちの成果を見せる時だぜ。」

「はわっ!? ゆ、悠一郎さんっ……もう……はいっ、頑張ってきますっ!」


 乙音は少し赤くなっちまいやがった。


「……おと、ね……うそ……いぐさ、乙音!?」


 な、何だいきなり!? 妹が身を乗り出してやがる!? 乙音の事を知ってんのかな?

 とか考えてると妹が俺の隣まで来て声を荒げた。


「アンタ、お、伊草乙音の何!?」

「……え……彼氏、だぜ?」

「……かれしぃ!? 伊草乙音に!?」

「お前こそ、何だよ?」

「……な、何って……ラ、ライバルよ。試合でいつになっても姿を現さないから、卓球辞めたのかと思ってたけど……どうやら続けてるみたいね。」

「ま、うちの学校、卓球部ないんだがな。」

「え……何それ……そんなんじゃ試合に出るどころじゃないじゃない!? アンタ馬鹿!?」

「何で俺が馬鹿呼ばわり……って、お、始まりそうだぜ?」


 乙音と兄貴が練習を始めたみたいだ。

 普通に打ち合ってるの、初めて見たな。は、早くて目が追いつかないぞ?


「……伊草……乙音……!」


 何だコイツは? 乙音に何か恨みでもあるのか?


「おい、お前の兄貴は現役だろ? こりゃ乙音に勝ち目はないだろうな。」


 俺の言葉にキッと目つきを鋭くさせた妹は俺のリーゼント、じゃなくて目を睨み付け言った。


「アンタ、それでも伊草乙音の彼氏なの?」

「ど、どういう意味……だよ?」

「黙って。始まるわ……。」



 ……


 どうやら相手のサービスだな。

 兄貴は白球を高く放り投げ、落ちてきたそれを乙音のいるコートへ!


 完全に逆を突かれた! 乙音があからさまにバック側に陣取ってやがるからフォア側のめちゃくちゃ際どい場所に高速サーブが決まっちまったか。




 ——キュッ



「……っ!? な、んだ……と!?」



 強烈な打撃音が会場に鳴り響く。



「伊草乙音……まだ、健在みたいね……」

「な、何が起きたんだ!?」

「アンタ馬鹿? そのリーゼント反り上げてちゃんと見てなさいよ。兄ちゃんの必殺サーブが速攻で打ち返されたのよ。しかも仕返しとばかりにフォア側の超絶際どいコースにね……」


 い、一撃で一点取りやがったのか。

 何てフットワークだ。乙音はバック側で、しかもかなり深い位置に陣取るタイプみたいだが……まさかアレに追いつくとは。

 まただ。またバック側に立ってやがる。


 兄貴はさっきと違って小さく白球をなげるとバック側に変化球っぽいサーブを打ち込んだ。これなら今の位置でも打ち返せんじゃ……?


「……駄目、バレてる。」

「……?」


 乙音のやつ、フォア側に移動しやがったぞ!?


 その瞬間、白球は乙音に吸い込まれるようにフォア側へ跳ねる! そ、そうか……あの変化球は急激に曲がるタイプのサーブか。

 動画で見たことあるぜ! 乙音はそれを見破って先回りしたってか!?


 再び打撃音が会場に鳴り響いた。兄貴はなんとか反応してラケットに球を当てたが、その球はフラフラとオーバーした。


 0ー2


 既に二点リーゼント、いや、リードだぜ。

 しかも相手サービスで、だ。

 次は乙音のサービス順だよな、確か。


 乙音はサーブを打ち込む。それを兄貴がバック側へ返した。乙音は回り込みドライブ、ぐんと伸びる球は兄貴のラケットをすり抜けては後ろのフェンスに激突した。


 0ー3


 0ー4


 0ー5


 そこからは独壇場だった。

 瞬時にセットを取り、そのまま二セット目も失点僅か三で完封した。

 楽しそうに、それでいて徹底的に相手を打ちのめすその姿は輝いていやがった……勿論最終セットも軽く勝利。ゲームセットだぜ。



「伊草乙音、彼女は中学時代……私を一回戦でブチのめしてくれて、そのまま全国覇者になった女よ。しかも私以外全ての試合をストレートで……」

「……なぬ……ぜ、全国っ!?」


 思わずリーゼントがビリっとしたぜ!?


「そうよ。皆んなは彼女をこう呼んだ。



 卓上のヴァルキュリア……



 ヴァルキュリア、戦乙女、いくさおとめ、

 ……いぐさおとね、それをもじった異名よ。」



 な、なんてこった!?

 乙音のやつ、とんでもなく凄いやつだった!


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