0ー14【全国】


 結局、誰一人勧誘出来ないまま夏休みが来た。

 乙音はいつものように俺ん家の居酒屋に入り浸っているが……何やらテンションが低い。


「結局地区予選までに間に合わなかったですね……はぁ、出たかったなぁ高校選抜……」

「おい、それって結構な大会じゃねぇのか?」

「まぁ、所謂インターハイですね。団体は無理でも個人なら……金メダル欲しかったけど選抜は諦めるしかないですね……」


 全国制覇を視野に入れて壁打ちしてたのか?

 とはいえ、


「学校側に部活として認めてもらわねぇ事には試合の申し込みも出来ねぇしな。」

「……はい……」


 何とかしてやりてぇが……

 するとお袋が割り込んで来ては乙音の前にお茶を出して言った。


「学校の試合が駄目なら、地域の小さな大会にでも出てみたらどう? この街でも秋にちょっとした大会があるってさ。ほら。」


 そう言ってビラをカウンターに置いた。

 乙音はお袋を見上げ瞳を瞬かせた。


「試合、してみたいんでしょ乙音ちゃん? ずっと言ってるの聞いてたから近所のママさんに卓球してる知り合いがいるから聞いてみたの。まだ申し込み間に合うと思うけど?」

「お、お母さんっ!」


 ふっ、やるじゃねぇかお袋! それでこそ親父が惚れた女だぜ。


「こ、こうはしていられませんっ! 練習しないと! お母さん、お茶頂きますねっ!」


 乙音はコップのお茶を飲み干すと肌身離さず持ち歩いている膨れた鞄からラケットケースを取り出した。あと煙幕、じゃなくて白い球と。


「壁打ちならうちのガレージ使ってもいいからね〜?」と、お袋。

「はーいっ!」


 乙音はこの上ない軽やかな足取りでガレージの方へ走り去ってしまった。少しすると直ぐに壁打ちの音が聞こえてきた。

 本当、面白れぇ奴だな。


 そんな事を考えていると俺のケツの穴に何か細いモノが突き刺さる感覚がした。


「ぐっ……悠香っ?」

「兄たん兄たん、乙音のことばっか嫌ナノ! 悠香のことも見ろナノ、でないとハサミでリーゼントを切ってやるノ!」


 それは勘弁して下さいっ!

 悠香は俺のケツに突き刺さった指を抜くと指先をクンクンと嗅ぎ顔を歪めた。嗅ぐからだろうが。

 その後ろでカンチョーポーズのまま立ち尽くしているのは姉の悠奈の方だな。まさか悠奈も突き刺すつもりだったのか?


「兄ちゃん兄ちゃん、たまには悠奈達と遊ぶのデス。公園行きたいのデス!」

「兄たん兄たん、公園、公園!」


 あまり揺らすんじゃねぇやい! マイシスター、リーゼントが傾くだろうが。


「お袋、乙音が来たら妹に公園へ連行されたとだけ言っておいてくれや。」

「はいはい、行ってらっしゃいお兄ちゃん。ぷふっ……」

「笑ってんじゃねぇっ……!」



 その日、俺はリーゼントが萎び切るまで鬼ごっこに付き合わされるのだった。

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