0ー15【練習】


 お袋からアマチュア大会の申し込みを勧められた乙音は夏休みの間、毎日のように壁と練習に励んでいた。たまに暑さで倒れながら、それでも毎日練習に励む。双子の妹達が白球を追うように首を上下左右に振っているのは何ともシュールな絵だぜ。


 カン、コン、キュッ、


「デス、デス、デス!」

「ナノ、ナノ、ナノ!」

「デス。」「ナノッ?」「デス!」「ナノ〜!」


 何だ、この状況は……可愛い過ぎるぜ妹よ!


 ……プス。


「あ、悠一郎さんっ、ごめんなさいっ!」

「刺さったのデス!」「刺さってるノ!」

「ゆ、悠一郎さん……プ、プスッて……ふふっ、あははっおっかしいですね、プスッて刺さってますよ球がっ、ぷふっ……くっ」


 コンチクショーめ、笑い過ぎだってんだ!

 暫くすると刺さっていた球がポロッと落ちて地面にバウンドした。そして、


 ……プス……


「こ、今度は下から刺さって……ぷふっふっ……も、もう駄目っ、涙がっ……」

「兄ちゃん兄ちゃん、赤くなったデス。」

「兄たん兄たん、……カンチョー!」

「ぐはぁっ!」


 この後、ガレージ内は数分間に渡り笑い声で埋め尽くされた。全く、人のケツを何だと思ってるんだ俺の妹は……つうか悠香は……

 で、指の匂いを嗅ぐんじゃねぇ。そして顔を歪めるんじゃねぇぞコラ!



 こんな日々が続き夏休みも後僅か、俺達はカップルらしい事を何一つせずに秋の地域アマチュア大会の優勝目指し練習に励む。

 いつしか俺もネットや本で卓球について調べるようになっていた。プロの動画なんかも見たぜ。


 もはや俺の知ってる卓球は、ピンポンでしかなかったようだ。本物はとてつもなくハードなスポーツだと認識した。


 喧嘩の強い奴を一目で見抜きさり気なく道を譲るズバ抜けた動体視力、

 ピンポンダッシュでのフットワーク、

 何事も穏便に済ます為の相手との駆け引き、


 どれもヤンキーに必要不可欠な要素じゃねぇか。


 こりゃぁ試合の日が待ち遠しいぜ。どんなヤンキーに会えるか楽しみになって来やがった。

 因みに乙音のラケットはシェークハンドの両面裏ソフトラバー。現在、最も多い基本的なスタイルだ。


 裏ソフトラバーってのは表面が平らなラバーの事だぜ。球との接地面積が広い分、強烈な回転を生み出せるって代物だ。

 その反面、相手の回転の影響も受けやすいから気をつけねぇと駄目らしいな。


 他にも色々あるみてぇだが種類が多過ぎて意味が分からねぇわ。何かブツブツした気持ち悪いやつもあったな。


 カン、コン、カン、コン、


 何か落ち着くぜ、このリズム。


「ふう、あれ、どうかしましたか?」

「な、何でもねぇやい!」

「変な悠一郎さん。いつも変だけどっ、ふふっ!」

「チックショウめ、笑ってんじゃねぇやい。それより、試合の方は何とかなりそうなのかよ?」

「多分、大丈夫ですよ。いざ台の前に立てば何とかなりますよ。」


 全国制覇狙ってるんだもんね。うん。

 壁打ちだけでインターハイ制覇しちまったらそれこそ伝説になるだろうがな。


 はぁ、夏休みも後三日か。



 べ、別に拗ねてなんかいねぇやい。

 明日の花火大会に誘おうなんて、微塵も思ってないんだからよ。勘違いすんじゃねぇよ。

 乙音の浴衣姿が見たいとか……一緒に綿菓子食べたいとか、別に思ってねぇよ。




 翌日。


「ど、どうですか悠一郎さん……変じゃないですか?」


 ピャーッ可愛いってんだコンチクショーめ!


 ヤンキーの俺、彼女を花火大会に誘っちまうの巻。そして紺色に金魚の絵が夏っぽい浴衣姿の乙音は悔しいが可愛いの一言だった。


「お母さんが髪もお団子にしてくれました。ちょっと恥ずかしいですけど。」


 お団子頭に花飾り、その上前髪はピンで斜めにとめていやがる。乙音の大きな瞳が俺を上目遣いで見上げてくる。つ、罪深い女め……



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