0ー10【日常】


 カン、コン、カン、コン、……


 今日も乙音は地下で壁打ちに励んでいる。

 放課後、旧校舎の地下でこうやって時間を潰し始めて、かれこれ二週間か。

 乙音はこれを部活と明言して譲らない。


 カン、コン……


 それはそうと、コイツのラケットを握った時の表情には驚きだ。普段の乙音を考えると想像出来ねぇほどに生き生きしてやがる。

 弱々しい性格も一変して、力強さまで感じられる。


 そして前髪がフワッと靡くと見えるその顔は……


「ど、どうかしましたか?」

「な、何でもねぇやいっ!」


 ……俺の彼女、可愛いよね。

 ヤンキー困っちゃうんだけど。



 こんな日々は続く。

 今日は一年生に部活の勧誘をしに行ってみたが、俺が話しかけた瞬間に逃げちまいやがった。どうやら俺は勧誘には向いていないみたいだな。

 多分、カツアゲと勘違いされてるのだろ。


「悠一郎さん、ドンマイですっ!」

「お前が言うんじゃねぇっての。」

「あ、悠一郎さん、リーゼントが傾いていますよ。今、直してあげますね!」


 乙音は背伸びをしてプルプルしながら、俺のリーゼントをポマりたての反りに調整し直す。乙音の顔がやけに近くてちょっとだけ良い香りもした。


「悠一郎さん、顔が真っ赤ですよ?」

「たらったぁ〜い!」

「ふふっ、可愛いですね悠一郎さんは。」



 結局、三週間経ったが一人も勧誘出来ずに俺と乙音は地下に籠って壁打ちに興じている。正直、こんな事じゃいつまで経っても埒があかない。


 コン、カン、……プスッ!


「あはははっおかしいっ、ゆ、悠一郎さんのリーゼントの先に球がっ……ぷふっ、球がプスッて刺さりましたぁっ、ぶふふっ、あ、落ちた!」


 ……コン……コン、コン……


「チックショウ!」


 簡単だと思って壁打ちに挑戦した極悪ヤンキーの俺、リーゼントの先に球を埋めるの巻。

 まさかこんなに難しいとは。乙音の奴がいとも簡単にカンコンしてやがるから、俺にもやらせろって出しゃばっちまった結果がコレだ。


「わ、笑ってんじゃねえやい!」

「だ、だって……プスッて……ぷふっくははっ。」

「お、おい……へっ、まぁ確かに笑えるな。」



 いつしか俺は、乙音コイツの前では自然に笑えるようになっていた。逆に言えば、乙音の方も俺と二人でいる時は誰にも見せない笑顔を見せる。


 部員なんて増えないかも知れないし、コレが部活と言えるかと言ってしまえば答えに詰まるが、コイツと……伊草乙音と共にいるこの時間は、俺にとっても特別な時間になっている。

 ……かも知れないな。へっ、ヤンキーとした事がこんなちびっこ卓球少女にイカれちまったか?


 だが、こんな感情も正直悪くないぜ。

 親父……これが恋、漢の恋ってやつか?




 しかし楽しい時間はそう長くは続かないものだ。



 乙音はいつものように生着替えタイム。その時、


 足音、足音、……忍び足……?

 確かに何者かの気配を感じた俺は振り返りその存在を確認した。


「……に、忍者……!」


「にんにん、お主達、こんな所で何をしてるのでござるか?」

「あ、こ、これは……」

「まさかお主、伊草殿を無理矢理襲っていたのではあるまいか?」

「ばっかやろう! んな訳……」

「ならば何故なにゆえ伊草殿は下着姿に? それがしの忍法を発動する時が来たでごさるかな?」


 ちっ、面倒な奴に見つかったぜ。


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