0ー6【挨拶】



 気が付けば家の前に着いていた。

 つまりは俺ん家の前であり、コイツ、伊草乙音の家ん前でもある訳だが。

 すると乙音が思い出したかのように手を叩き、


「あ! 晩御飯買いに行くの忘れてました……」

 と、項垂れた。

「晩飯? 何だよ、親はどうしたよ?」

「……あの、何というか、その……」

「あーっシャキシャキ話せよ!」

「ひっ……わたし……一人暮らしだから。」


 ……は? 一人暮らし?


「親……中学三年の時に事故で亡くしてるから。そ、それで親戚の叔父にこの場所を使わせてもらってるんです。ごめんなさい、こんな事……聞きたくないですよね。」


 何だそれ? 何で一緒に住んでやらねぇんだ?

 つまりコイツは高校からずっと一人で?

 そんな奴相手に……シャキシャキ話せって俺、


 ————ちっくしょんっ!


「お、おい乙音。」

「は、はひっ?」

「俺ん家で飯、食ってけよ。お袋に説明してやっから、遠慮すんな。」

「え? そ、そそそんなっ! ま、まままだ付き合って数時間なのにっ……お、お母様にし、紹介だなんてっ……はぅ、ゆ、悠一郎さんって、い、意外とせっかちサンなんですね?」


 せっかちはお前だよ。何を勘違いしてるんだ。


「ばっかやろう! 毎日コンビニ飯ばっか食ってっと健康に悪いだろうがっ! 飯だ飯! 飯を食ってけって言ってんだ!」

「お母様にご挨拶……お母様にご挨拶……お母様に……ふ、ふふ、つつつかな……も、もも……」


 駄目だ全く聞いてねぇなコイツ。


 そんな乙音の奴の首根っこを掴み暖簾のれんを潜ると店内に客は居なかった。どうやら今夜は暇みたいだな。


「お袋、コイツに何か出してやってくれや。」


 俺が言うとカウンターに立つお袋が目を丸くした。


「ゆ、悠ちゃん? あらあら、可愛い女の子を連れて来たね〜? と、いうより……捕獲してきたみたいだけど。あれ、お隣の伊草さん?」

「お袋、コイツの事知ってんのか? つうか、悠ちゃんはやめろい!」

「そりゃお隣さんだからね。それに悠ちゃんは悠ちゃんよ。」

「ったく……コイツ腹減ってんだ。残り物でいいから出してやれってんだ。ほら、お前もブツブツ独り言ばっか言ってんじゃねぇやい! 挨拶くらいしろってんだ!」


 乙音はビクッと身体を震わせるとお袋を見上げ、ペコリと頭を下げる。


「い、伊草乙音ですっ……あの、ゆ、悠一郎さんの彼女をさせていただいてますっ!」


 コイツは何を言ってやがる!


「あらあら、悠ちゃんも隅に置けないね〜。こんな可愛らしい子がね〜。乙音ちゃん、何でも好きなものいいな? お代なんて気にしなくていいから。悠ちゃんの彼女ならウェルカムよ〜!」

「あ、はいっ!」

「悠ちゃん、ちょっと仕込み手伝って〜?」

「仕方ねぇな。こっちは任せろ。」


 俺は包丁を持って野菜の仕込みを始める。何だかやけに熱い視線が突き刺さってくる。


「悠一郎さんの包丁さばき、凄い……!」


 ばっかやろう! そんな目で見るんじゃねぇ!


「あらあら、悠ちゃんいつもより格好付けて野菜切って〜。彼女にいいとこ見せたいんだね〜!」

「お袋は黙ってろってんだ! で、乙音も笑ってんじゃねぇやい!」

「ぶふっ、ご、ごめんなさいっ! でもでも悠一郎さん、ふふっ、悠ちゃんとかっ、あははっ!」

「リーゼントの癖に家では優しいお兄ちゃんなんだからね〜悠ちゃんは。」

「ゆ、悠ちゃんっ! リーゼントなのにっ!」


 てやんでえ! 笑いすぎだぜ!

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