0ー5【着替】

「ご、ごめんなさいっ、悠一郎さんが可愛くて。」


 可愛いだとぉっ!?


「皆んなに怖がられてるのに、実は可愛いんだもん。そしていい人ですよ。」


 ばっかやろう! 俺はいい人なんかじゃねぇよ。

 俺はただ、お前でいいから童貞を卒業したいだけだ。お前の気持ちを弄んでるだけだぜ?

 それなのによ、何でそんな顔しやがるよ。


「あ、わたしはもう少し練習して帰りますが……ゆ、悠一郎さんはどうしますか? や、やっぱり居酒屋のお手伝いしなきゃいけませんよね?」


 乙音は少し残念そうに言ってはキュッと小さくなる。俺は少し考えた。

 今日は水曜日、もう少し付き合ってもいいか。

 ……

 ……


 こうして散々壁打ちを見学した俺の魂は半分抜けていた。いや、あのリズムが妙に眠たくて、ついつい眠ってしまったみたいだ。

 そそくさとラケットを片付けた乙音は、そのケースを壁に立てかけると、ピンと伸びをした。


 と、思うと、そのままユニフォームを脱ぎ始めたのだが……

 と、とりあえずヤンキーの俺、目を閉じる。


 カサコソと、乙音の着替える音が聞こえる。今、乙音のやつは……どんな格好をしてるんだ?

 まさか下着姿? そ、それとも……


 考えるんじゃねぇ! 無になるんだって!



 …………無!



「お待たせしました。お着替え完了です。あれ? 悠一郎さん? どうかしましたか?」

「ばっかやろうっ!」

「……はい? まぁ、とりあえず帰りましょう。悠一郎さんと一緒に下校出来るなんて、考えてもいませんでしたぁ!」


 一緒に帰るだと?

 ヤンキーの俺が、女と一緒に下校? 冗談じゃねぇやい! そんなこっぱずかしい事……


「ゆ、悠一郎さん。わたし、先に行って角を曲がった辺りで待ってますね。悠一郎さんは恥ずかしがり屋だから、ふふっ、それじゃ! 少しドキドキしますね、密会みたいで! 秘密の関係です。」


 誰が童貞シャイボーイだ。俺はヤンキー……


 しかし、反論する前に乙音は行ってしまった。学校指定の鞄をリュックみたいに背負った乙音は、まるで鞄に背負われているようだった。





 そしてヤンキーの俺、しっかり待ち合わせ場所に到着、「待たせたな。」とか言っちまう始末。


「五秒くらいしか待ってませんから大丈夫です。もっと時間差をつけても良かったんですよ? そんなに急がなくてもいいのにっ、ふふふっ!」

「な、何笑ってんだい! コンチクショー!」

「コ、コンチクショーって、ふふ、あははっ!」


 何俺にツボ入ってんだよ! 笑うなっての……笑うな……って……

 勘違いするんじゃねぇ! 別に笑顔が可愛いとか、そんな事微塵も思ってねぇってんだ!



 伊草乙音。コイツは俺ん家の隣に建つ二階建ての一軒家に住んでいる。らしい。

 俺ん家は一階が居酒屋になっていて、二階が共有スペースと母親の部屋、三階に俺の部屋と妹達の部屋がある。


 コイツと話していた所為で遅くなったな。早く帰って手伝ってやるか。


「あ……ゆ、悠一郎さん? あの、も、もう少しゆっくり歩いてほしいな、なんて……」

「なんでだよ?」

「……あ……いえ、大丈夫です……は、早歩きしますから!」

「しゃーねぇ奴だな。ん、つうか着いたな。じゃあな。」


 気が付けば家の前に着いていた。

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