0ー3【競歩】


「こ、ここ、ここであったが百年目、た、卓球部に入部して貰えませんか!?」

「……ごめん、無理。」

「あぅっ……」


 ついつい反射的に瞬殺してしまった。しかしヤンキーの俺が卓球部になんて入る訳ないだろうが。しかも、ここであったが百年目、じゃねぇぞ。


 俺の即答に卒倒した伊草は若干過呼吸気味に肩で息をする。


「そ、そうですよね……神原さん、いつも忙しいのに……そんなお願い、無理に決まってますよね。」


 伊草は俯いた。

 ……俯いたが続けて言葉を吐き出した。


「神原さん、いつもお母さんの手伝いで『居酒屋ロカビリー』のお手伝いしてますものね。あ、

 この前、子供達が木に引っかけてしまったラジコンのヘリコプターを取ってあげてるのも見ましたし、今朝なんかはお手柄でしたね。ひったくり犯を飛び蹴りで倒しちゃうんですから。」


 な、なんだコイツ? 何を言ってるんだ?


「それに小さな妹さん達にも好かれる良いお兄ちゃんなんですよね? 私、ひとりっ子だから羨ましいです。」

「お、おい待て。なんでお前がそんな事まで知ってるんだ? ま、まさかストーカーか!?」


 伊草はキョトンとした表情で言った。


「そ、そそ……そんなストレートに言わないで下さいっ……は、恥ずかしいじゃないですか。

 そ、それにわたし……神原さんの隣の家に住んでるんですよ? お隣さんなんですから、妹さんの存在、お父さんを二年前に亡くした事、お父さんの残したお店、『居酒屋ロカビリー』を切り盛りするお母さんを手伝ってる事も、神原さんの使っているポマードのメーカーも、知ってて当然ですよ!

 ツッパリードの『一日キープポマーレ』です!」


 え、コイツ俺んちの隣の家に住んでるのか?

 というか、後半完全に知らない筈の情報が混ざってやがったぞ!?

 一日キープポマーレを知っている、だとぉっ!?


 た、確かに……高校入学の年に隣の空き家に引っ越して来た家族がいたな。あの時は俺も親父を亡くして一年ほどで少し荒れていて、隣に越して来た奴らの事なんざ気にしてなかった。

 そ、それがコイツ……伊草だったのか。


「あの……やっぱり無理ですよね……お家のことの方が大事ですよね。」

「まぁな。他を当たれ。俺は知っての通り忙しい訳だから帰る。ま、頑張れや。」


 俺は、あっ、と呼び止めようと声を出した伊草を無視しては競歩並みの歩き速度で旧校舎を後にした。……逃げた訳じゃねぇ! しかしだ、気持ち悪くて一刻も早くその場を離れたかったからだ。

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