0ー2【勧誘】

「……はぅ。」


 何だ、この沈黙は。

 伊草はラケットを両手で抱え、部屋の隅に転がっていった白球をチラチラと見ながら、たまに俺の顔を覗き込むように上目遣いで見てくる。


「……はぁ、拾って続けろよ。さっきのやつ、壁打ちっつったっけ?」

「あ、はいっ!」


 伊草はスタスタと小走りで白球の元へ走り、それを拾う。そして壁を睨むと、スッと白球を投げる。


 表情が……変わった?


 白球は真上に飛び、そのまま伊草の目の前に落ちてきた。その球を狙い打つように右手を振りかぶり、壁に向けて白球を打ち付けた。

 いや、違う。壁の手前に球を打ち付けた。


 球はそのまま壁にバウンドして伊草のいる方へ。

 伊草はそれを再び地面に打ち付け、その球は壁に反射して伊草の元へ。

 繰り返し、繰り返し同じように打ち続ける。


 先程のリズミカルな音はこの音か。

 しかし、中々上手いな。


 伊草の前髪がラケットを振る度にフワッとなびき、良く見えなかった瞳が露わになる。

 なんて真剣な表情だ。

 つーかコイツ……伊草のやつ……



 ——可愛くねぇか、コイツ?



 ……っと、いけねぇ。俺とした事がピョンと跳ねるポニーテールと実は可愛いかった伊草の顔に胸キュンしちまうとは!



 音が止んだ。伊草は俺を見るとその大きな瞳を瞬かせ首を傾げた。


「どうかしましたか?」

「な、何でもねぇやい!」

「……そう、ですか……」

「そ、それよりお前さ、この学校は卓球部ない筈だろ。何でこんな所で卓球してんの?」

「えっと……卓球部の入部希望者が来てくれたらいいなぁって思いまして。あ、でもでも、部活として認定されるには最低でも四人は人数が必要なんですよ。」


 伊草はラケットを抱きしめるようにして小さな身体をキュッと縮める。


「なら、声かけて誰かに入部してもらえよ。後輩でもいいし、同級生にも帰宅部いるだろ。」

「き、帰宅部きたっきゅうぶじゃありませんっ……そ、それは……こ、こここ、この通りあまり話すのが得意じゃなくて……誰も話を聞いてくれなくて。」


 誰も帰宅部きたっきゅうぶとか言ってねぇ。


「ま、お前と話すの同じ学年の俺でも初めてだしな。正直そんな声だったんだな、って感じだわ。」


 口が裂けても言わねぇ、意外と声が可愛いなんて、ヤンキーである俺が言う訳ないぜ!


「……あのっ……か、神原……ゆ、悠一郎、さん……えっと……そのですね……」


 伊草は頬を染めながら俺の顔を見やり、震える声でこう続けた。


「こ、ここ、ここであったが百年目、た、卓球部に入部して貰えませんか!?」


「……ごめん、無理。」

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