4
市内のハンバーガーチェーン店は深夜にもかかわらず混雑している。
「あんなに苦労したのにもぬけの殻だなんて。あんまりだよ。」
「誰かが持ちだしたのだろうか。」
「工事関係者しか入れないんでしょ?」
「プレハブには無かったか?」
「ああ。あたしやあんたのものは無かったはずよ。」
「他はあったのか。」
「きっとあたしかあんたのことが好きなのよ。」
「冗談だろう?なあ。」
高嶋は場にあるポテトをごそっと飲み込む。
「けどこれじゃ見つかりそうにないわねー。」
「記憶違いでハナから埋めてないとか。」
「そっちのがまだ平和ね。」
高嶋の携帯が鳴る。
「失礼。」
席を立つ。
「でもあんなの欲しがるような奴なんて。」
「岩崎先生から食事に誘われたのだが。」
土曜日の昼の焼肉店は大混雑。一番奥の席の上座にあいすと高嶋が並んで座る。
「よく来てくれたね。今日は先生のおごりでいいからどんどん食べ給え。」
高嶋が感情のない声で礼を言う。
「ささ、あいすちゃんも。何がいいかい?」
「こいつ。」
一番高い食べ放題コース。
「はは。よく食べる子は育つぞ。」
「すみません。」
すぐに肉や野菜が運ばれた。
したたる肉汁。煙。時折火が激しく踊る。
「おいしい。」
「気に入ってもらえたかな?」
「あの、今日は何の用事でしょうか。」
「成長した教え子と話すのは楽しいものだ。」
「でさ、レジに入って物を盗んだそいつを僕が捕まえたのさ。」
適当に相槌を打つ高嶋。黙々と食べるあいす。
「当たり前だけどさ、裏方に入ったり盗んだりって悪いことだと思わない?」
「そう……ですね。」
「だ・よ・ね」
炎がそれぞれの表情を鮮明にする。
「君さ、裏山に入ってさ、あろうことか物盗んだでしょ。」
あいすを指さす。
「盗んだってのは本当か!?」
「……。」
「言えないよねえ。」
「なぜ盗んだ?」
「……鍵無くて……お腹空いちゃって……。」
「はあ。それってさ、君の家の窓ガラスが偶然開いてたら入っていいってこと?」
「嫌です。」
「で、更に?」
「……食べちゃいました。」
「盗んで、食べた。いやあさぞかしおいしかっただろうなあ。」
テーブルを蹴ると、向かいのあいすの体がビクンと跳ねた。
「裏山に入ったのは私もです。」
「でね、俺、あの山のオーナーと知り合いなんだけどさ。俺の言うこと聞いてくれたら黙ってやるよ。」
「何……ですか。」
「待て。」
「簡単なことさ。この後ちょっと付き合ってくれるだけで。」
「それはどういうことですか?」
「君は黙って食べてなさい。それとも一緒に遊びたいかい?」
「連帯責任でしょう。」
「♪。じゃあ行こうか。」
「店内でナンパか?飯がまずくなるわい。」
岩崎の背後から中居すみかが覗き込む。
「部長さん!?」
「何だ。この犯罪者のかたを持とうってか?」
「同級のよしみでわしが警察に送るからおぬしは帰れと言うとるんじゃ、このロリコン。」
「それは、だめ。」
「何したい?言ってごらん。」
「あんた、山の持ち主とグルなんでしょ?」
駅前を歩く岩崎とあいす。景色に案外馴染んでいる。
「あれはただの口実さ。」
「面倒だからやることさっさとやってくんない?」
「あれ、もしかして~?」
「汚らしい。」
「そういう冷たいとこも好きだよ。」
岩崎が足を止めたので思わず腕をつかむ。
「ねえ、こういうの慣れてないから先生のお家に行きたいな。」
「今散らかってるからなあ。」
「それにあたしまだ16だしまずいんじゃない?」
「脅し?」
「心配してあげてるだけよー。」
オートロック付マンションの9階にある岩崎宅に通される。
「部屋まで汚いのね。」
「までってどういうことさ。」
「ほら、ゴミ箱持ってよ。」
ゴミ山をかき分けて座る場所を確保する。
「疲れたよ、もう。」
「助かったよ。」
フチの欠けたコップに麦茶が注がれる。
「何か見るかい?アクション、アニメ、刑事ものに恋愛もの―――」
「―――刑事ドラマ見たいな。」
やけに大きい液晶テレビジョンにタバコを咥えた渋い刑事が映る。
「おや、ライターを知らないか。」
「あたし、持ってるよ。」
「いつの間にそんなワルイ娘になったのさ。」
テレビジョンは若刑事とヒロインが夕陽の中で向き合って、シリアスなムードを醸し出している。
「ほら、つけてあげるからもっと寄ってよ。」
タバコを咥えた岩崎と金属製のライターを持つあいす。
肩が触れ合う。
唇が艶めく。
目をつむる。
ぼうん!
金属製のあのライターからは冷却ガス。
岩崎は床に転がり絶叫。
「しばらく凍ってなさい!」
あいすは先ほどくすねた本物のライターを捨て、戸棚やタンスを物色する。
「どこに隠したのよ、もう!」
部屋の隅に金庫。「1234」でもゾロ目でも開かない。
ふと手を止め、また回す。
「1225」。あたしの誕生日。開錠。
隠し撮り写真、SDカード、下着などの定番から鉛筆、チリ紙まで。
「……あった!」
さらにかき分けるとボロボロになったミサンガ。
「帰らなくちゃ。」
ミサンガをポケットに入れたら、持てる限りの証拠品を詰め込む。
「うっ―――!?」
突然の腹痛に悶える。
「さっきのお茶が!?」
よろよろと立ち上がる。岩崎がひっかけた、カビの生えたカップラーメンの容器が転がってきた。
「だめ。限界。」
玄関を諦め、トイレの鍵をかける。
ドスンと低い音が響く。
起きてこないで―――!
「そうだ、位置情報……。」
震える手でスマートフォンのロックを外す。
ドアノブが半回転した。
「鍵が……。」
「気づいて―――!!」
十円玉で鍵は容易く開けられ、
「つーかまーえ、たっ。」
息の荒い2人。
「つまらん真似を。」
スマートフォンを取り上げる。
「返してよ!」
「まあ、無駄だろうけどなあ。さあ、来い。」
テーブルの上に置き、軽くはじく。
「やめて!」
とっさに腕に噛みつく。
「何をするんだ!」
平手打ち。
「うう……、ぐす。」
トイレから引きずり出される。そこに強風が吹きこむ。
「無駄と言うわけでもなかったぞい。」
ガラスを破り侵入した中居すみかの姿が。
「部長さん!」
「こいつ、『不死鳥の尾』は空も飛べる代物での。」
優雅に扇子を仰ぐ。
「ぐぬぬ。じゃまはさせん。」
「おお、怖。」
ミシリ。
意識が予想外の訪問者に向いてる隙に足を踏みつける。
怯んだところに一発お見舞いしてみせた。
「バカね。」
「ケガはないかの?」
お腹をおさえる。
「下剤でも飲まされたか。」
「ごめんなさい。」
「わしは暇人じゃからの。」
小柄な体であいすを背負う。
「一か所寄り道してよいか?」
そのまま7階から飛び降り、緩やかな着地。
「ずっと飛べるわけじゃないのね。」
「疲れるからの。我が部の春遊謝肉祭に参加するなら考えようぞ。」
「何それ。」
「世間一般では闇鍋と言うようじゃの。」
「浦川!無事だったか!?」
「何とかね。それよりこんなところでどうしたの。」
「なぜあんな無茶をしたんだ。」
「だって、あたしのせいで会長に汚名がつくなんて嫌だったから。」
「お前だけのせいじゃない。いや、むしろ私の立場なら止めるべきだった。」
「……。」
「遅くなってしまったが山の持ち主と連絡を取っていた。」
「わしのつてでの。」
「え。」
「ありがたいことに特別に立ち入り許可がもらえた。」
「……ほんと!?」
「ああ、今度はボードゲーム部も誘って皆で行こう。」
「ありがとう!」
「む、お前が素直に礼を言うなんて珍しいな。」
「そうかな。」
手をポケットに突っ込む。
「つらい思いをさせてすまなかった。」
「うん。」
肩を寄せ合う。
手の中のミサンガは千切れていた。
あいすちゃんの黒歴史ノート さいねりあ @Cineraria-novel
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