売れ残り

蟷螂

第1話

1人の女性が

玉ねぎを掴み買い物カゴへと入れた。

「80円になります。」

それが玉ねぎの価値を

日本円に変換したものである。

玉ねぎは嬉しそうに笑った。

どう調理されるのであろうか。

カレーになるのだろうか。

皆は心から玉ねぎのことを

祝福していたが

私には心から祝福することなど

出来なかった。

野菜は調理されることに祝福を感じる。

私はそんな感情は持ちたくない。

ここで腐って死にたい。

人間は買うだけ買って

作るだけ作り

余ったら捨てる。

こんなにも残酷なことがあるだろうか。

喜び死んで行った仲間を無下にされるのは

余りにも許し難い行為である。


今度は老夫婦が買い物に来た。

また誰かが買われるのだ。

私は私たちが奴隷のように見えた。

お婆さんの方がアボカドを手にした。

彼女にアボカドの調理法は

分かるのだろうか。

美味しくないからと言って

棄ててしまわないだろうか。

お爺さんは

「それは嫌いじゃ、返してくれ」

そうお婆さんに対して言った。

アボカドは残念そう目をしていた。

やはり理解できないのである。

なぜ、私たちが

人間の血肉にならねばならぬのか。

それではまるで私たちは

人間の為に肥り、人間の為に生きていた

ということになるだろう。

私は酷く無力感に苛まれた。


明くる日、1人が廃棄された。

法蓮草である。

昨日から茎の方が柔らかくなってきていた。

彼女は死期を悟っていた。

「どうせ死ぬならバターソテーに

でもなりたかったわ」

そんな風に言っていた。

どうして?私はそう尋ねた。

「だって、人間に食べられるということは

私たちの使命を達成したってことじゃない」

人間に食べられるように生産された私たちは

人間に食べられることが

最終目標と言うことなのか。

私は理解した素振りを見せたが

心のうちは全くと言っていいほど

理解出来ていなかった。




あれから1週間くらい経っただろうか。

もう、私が知っていた仲間は

全て売れるか熟れ腐った。

私は周りにいる野菜たちのことを

全く知らない。

まだ私には覚悟がない。

誰かに食べられて死にたくない。

もうすぐで私は熟れる。

あと少し。あと少しで。




今、大きな手が私へと向かっている。

そうだ。私は買われるのだ。

見知らぬ人に食べられるということか。

哀しさ、無念、この感情を的確に表せる

言葉を野菜のわたしはまだ知らない。

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売れ残り 蟷螂 @Daigom

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