第6話

後ろ向きに逃げる又八に対して老婆は前を向いて這っている。追いつかれるのは時間の問題であった。老婆は叫びながら這ってくる。顔中の蛆虫と共に。進む度にびっちゃびっちゃという粘りのある音がする。老婆の身体中から何が出ているのかわからない。その音が又八の体を恐怖で縛る。身体中をぶつけ血だらけになりながらも、なんとか途中にあった水たまりのところまで戻っていた。鏡のような水たまりに目がいく。そこで又八は絶句した。そこに映る自分の顔は老婆のものとそっくりであった。頭からは肉が削げ落ち髪も抜け血が滴っている。顔中には皺が刻まれそこには蛆が住む。歯はなく声も出ない。それを見た又八は全身から力が抜け鏡の水に顔をつけた、、、、、。その瞬間老婆に手首を掴まれた。

観念した又八は恐る恐る顔を上げた。そしてまたしても絶句する。

手首を掴んでいるのは老婆はではく美しい女であった。年の頃はわからない。娘のようでもある。透き通るように白く、娘自体から光が出ているようにも見える。

月の光と娘の透き通るような白さが重なって、その空間すべてが幻想的になる。

娘は又八に言う。

「あなたは自分にとって一番大切にしているものを失った。だから私に会えた」

それだけ言うと氷の塊が溶けるように娘は消えていく。水になった娘は鏡の中の水と一緒になった。又八はそこで気を失った。


村の言い伝えによると絶世の美女と出会うには其の者が一番大切にしているものを失わなければいけないという条件があった。又八の場合は自分の美しい顔だった。彼以外なら別の何かを失わなければいけないということである。村の他の者なら何を失っていたのであろうか、、、


その日から又八を見た者はいない。無論目の前に現れても気付くまい。

又八がいなくなったその日、村では年に一度の祭りの日であった。



                  終


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老若男女美醜洞窟 アーサー @Darthur

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