佐山すずとスーシャ
「葵。どこに行くの?」
「トイレ帰り」
私は彼女を引き止めて、ご飯を一緒にどうかと誘った。
「いいの?」
「うん。行こう」
桂木の一悶着も済み、日付は木曜日の昼休みを迎えた。麻衣や美佳、そして葵も含め四人で食事をとっている。
「沙織ってまた弁当を自作?」
麻衣は私の弁当を見て呟いた。
「うん。時間があったから」
「家庭的で可愛い! ……美佳、目が怖い」
「べつに」
昼休みになり、私から彼女を誘った。すると、葵は快く承諾してくれる。美佳は葵の登場を嫌がった。けれど、今は軟化しつつある。4人のコミュニティが形成されてきた。
「麻衣って今日は部活?」
「うん。久々に美術部に顔出さないと怒られる」
麻衣は一年から美術部だ。そのことを知ったのは1年の文化祭準備中だった。看板のアイデアが出なかったが、彼女が美術部だと露見して、私たちは仲良くなった。彼女はほかのグループをうろついたけど、美佳のところに落ち着く。
「毎日行けばいいのに」
「美佳も彼氏と毎日会えばいいのに」
「今日は会うからいいんです」
「なら沙織。一緒に帰ろう」
「いいよ葵」
彼女は私の家から近いマンションを借りている。だから、下校時刻は一緒に登校できた。と言いつつも、本来はスーシャから身を守るためである。
道中、スーシャに襲われたが、幻想使いが無言で殲滅してくれる。あの日以来、私たちは彼女に接近していない。
「ねえ、前から思っていたんだけどさ」
「なに?」
「葵ってコンビニ弁当ばかりだよね」
コンビニ弁当は手間がかからず美味しい。だとしても、野菜の少ない肉料理ばかりで、私生活の不健康が見え隠れする。
「夜もコンビニ弁当?」
「管理人さんがご飯作ってくれたりするけど」
「葵の健康状態が心配」
話が途中で止まり、閃いた顔に変わり、ニヤ付きを隠さない。
「ねえ、沙織。土曜って空いてるよね」
土曜日に予定は入っていない。映画でも見に行こうかなと天気予報を検索していた。その休みを使ってと続ける。
「なら、土曜日は管理人さんがご飯作らないんだ」
「私に作れってこと?」
「お金を出すから」
「うーん」
私は自分の弁当に箸をつけた。米粒を一口で齧る。温め忘れた中身がぬるい。
▼
私と葵は一緒に下校していた。他のふたりは自分のやらなくちゃいけないことに務める。
「ねえ、沙織。ゲージはどのくらい?」
スマホでアプリを起動する。願いは百分の四十しか溜まっていない。指輪の発動は百に達して教室で行われる。三橋は九十を超えていたらしく、一番乗りされるかもしれない。
ついでにSNSを開いて、グループの通知を減らした。
「ふーん、そのくらいか」
「ねえ、あの発言ってどう思う?」
「発言?」
「指輪を奪えばゲージが貯まるってやり方」
葵なら真実を握っている感覚があった。漠然とした期待だから裏切られてもいい。それでも、葵は生真面目に悩んでいる。
「それって不利じゃない?」
「フリ?」
「指輪の奪い合いが効率いいならグループで広めないよね」
私の立場で考えた。偶然にも指輪の回収して願いを叶えられると悟る。その情報は場面をひっくり返す価値があり、広めたら張本人が不利益になる。
「ヨークの説明でも言われてないよね」
「でも、裏ルールって可能性もある」
「ヨークがそんなことするかなぁ。暴動を起こしたいなら方法がある気がする」
彼女の言うことも一理ある。
「ヨークのこと知ってるんだね」
「え、いや。指輪を渡した側だからね」
車のタイヤが泥を跳ねる。前に襲われた通路をぬけた。赤信号が点滅している。
「ログ見ていい?」
「いいよ……、なにか聞こえない?」
「たしかに」
携帯をポケットに直した。霧は十字路を塞ぐように囲み、視覚上の出口が消える。スーシャが指輪を狙ってきた。
「あれ、来ないね」
閉鎖された環境じゃないから逃げ道は複数ある。しかし、スーシャが出現してから進路を決めたい。
「霧とともに現れているはずなのに」
同じ箇所にいても変わらない。後方を警戒しつつ霧の中をかき分けた。すると、人影がきりの中に存在する。私たち以外の人間が紛れ込んでいるようだ。
「あれって誰?」
「佐山さんだ!」
佐山の手が届く距離でスーシャが2体も浮ついている。彼らに触れたら自分が取り変わってしまう。
「助けないと」
葵が突っ込もうとした時、幻想使いが間に割って入る。霧は足の風で吹き飛び、敵の体は跳ね回る。
「待って!」
佐山の絶叫を初めて聞いた。自分を押し戻すような普段の暗さと違和感がある。
「いや、待たない」
容赦なく敵を一掃し、霧を解き放つ。人間が確かな形を持って道を歩きだす。
「佐山さん。危ない真似は気をつけた方がいいよ」
彼女はそれだけをいう。きりは次第に晴れていき、彼女は人の中に紛れようとした。
「待ってください」
「幻想さん早いって」
佐山の横を三橋と桂木が追い抜いた。ふたりは幻想使いの背中に近づこうとしている。幻想使いも目を配りつつも歩幅を落とさなかった。
私は葵と顔を見合わせた。
「なんかすごいの見ちゃったね」
「話しかけるのやめておこう」
彼らに気づかれぬうちにその場をさった。
世界はふたりの為にある 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou
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