桂木唯は嫌う

「集会はどうだった?」


 教室から沙織が出てくる。その顔は聞くまでもなく失敗に終わったようだ。


「桂木さんに嫌われちゃった」


 沙織は念入りに心を折られている。自分から人を嫌うけど、人から嫌われるのは苦手だった。自分から嫌うのは傷つきたくない予防線かもしれない。


「えー、何かしたの」

「伊藤さんが指輪を外したことを言った」


 集会後はスーシャの発生源の割り出しと、敵の特定を急いだ。彼らは協力して指輪を守らなきゃ世界を変えるのは難しくなる。相手は透明な身体を持っていて、自分を成り代わることができるバケモノだ。沙織に発破かけるのは逆効果になる。彼女がどう思うのは計り知れない。


「沙織。私が話をつけてくるよ」


 だから教室で待っていて。返事を言わせないで桂木のクラスに行く。靴箱はまだ校内であると証明した。桂木が入口を通過するまでスマホを触っている。


「あれ」


 その声で顔を上げる。桂木はハンカチで手を拭きながら現れた。


「少し、話さない?」

「いいけど」


 桂木の2クラスへ階段を上がる。野球部の部員が体育帰りに『県大会も行けないのに野球とかやってられない』と愚痴っていた。部活生は早く終われという言葉を隠し、後輩へ掛け声をしている。意味を知ってしまえば勘ぐってしまう。


「それで、なんで呼び出したの」


 教室に入ってくる。桂木が最後の生徒だから鍵を所有していたらしい。そうして、彼女が1日かけて勉強する机の上に腰を下ろした。桂木は片足に重心を移動させ、後ろで手を組む。


「沙織と仲良くしてくれない?」

「はぁ?!」


 鼻息荒く目が光る。

 予想した激情が展開されていた。


「逃げ虫の何がいいの。目を覚ましなよ」

「いいから聞いて」


 今は理屈的な解決方法を伝えてはいけない。あくまで感情を優先させなければ課題は達成しないはずだ。


「私は『伊藤葵』。あなたの探している友人は死んでいる」


 引き下がっては意味がない。女子と仲良くしたい寂しさを抑えこむ。


「伊藤葵で生きるのは楽しい。そのために生まれてきたわたしは命じられた行動をするだけ」


 桂木は他人のために怒れる。その情の暑さを粗暴だと誤解されやすい。女の子らしくいなさいとか、母親にも言われたと泣きながら報告してきた。


「なんで、そう分からないの!」


 桂木は友達で、それ以外でもなかった。私の考えを押し付けるわけにはいかない。友達には色んなラベルがあるけれど、桂木はクラスメイトと同じだ。格好いい私を見てほしいだけだ。それを侵されたくない。


「私の願いは既に叶っている。傷もないし、生きてて良かった」

「その理由なら、誰が願っても寄り添うってこと?」


 首を縦に振った。

 桂木は片足のない野生動物を眺めるよう憐れむ。私の考えは否定されるべきじゃないし、どの世代も共通の考えだ。


「誰でも良かった」


 沙織が私をどう扱うのか不安だ。それでも、良い方向に進めていると信じている。


「私が願っていたら、私のものになっていたの?」

「うん」


 桂木は私の胸ぐらを掴んだ。この男勝りな性格が私以外の人間を突き放したのに、懲りる様子がない。彼女は元父親を同一視している。


「だから、沙織は関係ない。仲良くしてあげて」

「私の心は私が決める」

「沙織の立ち振る舞いも沙織のもの」

「だって、アイツはお前を」


 桂木は彼女を人間的に惚れている。その願望は決して私の喉に届かない。私や葛城が共有した友情なんて、高校を卒業したら途切れるもの。大人になりあの頃は楽しかったなんて残酷に思い出す。決して、私がどう過ごしていたかなんて分からずに。


「桂木さんは、本当に友達想いだね」

「……」


 五十嵐に謝る。耳元で囁いて、手を離してくれた。


「なあ、伊藤。伊藤葵の心もお前が決めろよ」


 何を言っているんだろう。

 この姿で望む道を歩いている。隣には沙織がいて、私の姿と共に背負って生きるという覚悟を見せた。ただ、桂木のそれは最終勧告な気がする。


「とにかく、沙織に謝ろうか」



 彼女は空き教室の中で携帯を触っていた。扉をノックし、驚かれないよう入る。桂木が気まずそうに先頭に行く。


「か、桂木さん」

「五十嵐。その、悪かった」


 確かに言いすぎた。どうやら、友人が死んでから動揺していた。それは謝ると、目を合わせず言い訳する。クラスの上位者らしく場を収めた。


「でも、五十嵐。お前のことは好きになれない。だから、お前より先に願いを叶えてマウントをとる」

「うん。別にいいよ」


 五十嵐沙織の長所が生きた。牛のように遅いけど、彼女の輪郭が把握できるようになってくる。これは美佳も惚れるかもしれない。


「嫌いって言ってきたヤツを好きにならない。私は『全然いいよ』なんて気休めはしない。私も貴方より上に立てるものがあったら報告してあげる」

「……ふっ。お前、面白いな」


 沙織は携帯の画面をつけ、二人に端末を催促した。


「ふたりが話し合っている間、グループができ、た。2人もそこに誘うよ」

「沙織。私は指輪がないよ?」

「これは参加者のグループだから葵もいていいよ」


 グループにふたりが追加された。よろしくというメッセージが下から上へスライドしていく。


「そうそう。二人に言わなきゃいけないことがある」


 彼女はスクリーンショットを開示しながら伝えた。


「他人の指輪を奪えばゲージが貯まりやすいんだって」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る