『愛されていた誰か』

 私は空き教室で順番を待っていた。先客が彼と意思疎通をする。


「ありがとうございましたー」


 そういって佐山が扉を開けた。彼女と目が合う。


「次どうぞ」

「佐山さん、ありがとう」


 彼女もヨークに相談していた。不快そうな顔色は浮かばないから、結意義な時間になったのだろう。そうして中に入る。

 席につき、彼と面を合わせた。そして、洗いざらい晒す。


「幻想使いは身勝手な行動をとったね」

「本当に許せない。もう信じられない」


 幻想使いへの不平を言う。自分の役割を全うしていないどころか、危険な目にあわせたこと。それに、霧が晴れたら姿をくらましたことだ。彼女の連絡先さえ知らないし、唯一のつながりであるヨークに伝えるしかない。

 彼は生徒の使う椅子で腰を直角に曲げていた。膝に肘を当てている。


「指輪を復活させられないの?」

「彼女が選んだことだ。理由がどうであれ1度きり」

「厳しいこと言うんだね」

「うん。本当はやり直してあげたいけど」


 犬の被り物越しに顎あたりを指で弾いている。うめき声みたいに喉を鳴らした。


「それで、彼女のことは嫌いなまま?」

「伊藤さんのこと?」

「うん。だって第一回の集会後に逃げてたから、そうかなって」


 自分の好きな趣味を笑わない。服はなんでも着こなすけど、食べ散らかすから袖を汚す。箸の持ち方は優雅だから歪で気分が晴れない。私と遊ぶためにお金を貯めるという可愛さもある。


「彼女の過去が嫌いなままで、助けてもらったことの恩返しする」

「いい娘だったね」

「見違えるほどに違う。このまま忘れていた方がいいぐらい」

「それは可哀想だね」


 ここは相談に来た私と犬の被り物をした大人と、窓の景色しかない。外は曇ってはいるが、降水確率は50%を切っていた。


「というのは冗談。伊藤のことなんて分からない。自分が一番戸惑っている。唐突に首を絞めたくなる」

「でも、よく我慢してきたね」

「我慢、かぁ」


 この出会いから現在に二文字が収まった。切り取り線をハサミで刻むような収まりの良さがある。


「これでいいのかな」


 答えの求めていない独り言は天井にぶつかり、箒でつつかれた穴を数えた。空き教室でさえ生きた痕跡がある。


「伊藤さんって生きた痕跡がない」

「痕跡?」

「伊藤葵は『空から降ってきました』ってぐらい軽さがある」


 彼女は自分を生きていない。だから、足は絡ませる。けど他人の屈辱に敏感だ。


「嫌いだからよく見るね」

「私は彼女にいじめの酷さを受け止めてほしかった。でも謝られて何もなくなった」


 右手のひらを開ける。ファミリーレストランの会計近くに陳列される玩具のような指輪だ。これが世界を変えられる鍵になる。未だ信じられない。


「指輪は返すの?」

「悩んでいる」

「言葉に願いは見つかった?」

「願いは見つけられていないかな」

「なら、望んでいるものは」


 天井の電光が目に染みる。右手で擦ったら、少女の顔が浮かんだ。


『だったら分け合おうよ』


 記憶の中で少女は笑う。まつげを取ってくれた指が元に戻っていく。場所は屋上で、満月が煌めいた。フェンスの外で願いを組んでいた気がする。


「ヨーク。なにか引っかかるよ」

「何が?」


 大切なものを忘れている。心の奥深くに触れ合った相手の名前、心の形が、抜き取られたみたいに欠落していた。


「私は誰かを愛していたみたい」

「その指輪は君のことを支援する。ずっと持っていたほうがいいよ」

「うん。もっと持ってみる」


 ヨークは手を垂直に太ももへかける。膝を伸ばして背伸びした。私よりも身長が高いから歩かれると威圧されているようだ。


「今日は二回目の集会がある。スーシャのこととか色々話し合ってみたら」

「うん」


 今になって思い出した。

 あの少女は誰だろう。ガラス細工のように美しく、儚い存在だった。名前さえ思い出せない。

 願いは彼女を取り戻すことにした。



 放課後に四人が集まった。今回は机が四つに固められ、表情を受け止めなくちゃいけない。最初は桂木から入室し、三橋が最後に扉を閉める。


「よし。揃ったね」

「ち、ちょっと待って」


 桂木は進行役のヨークを遮る。三橋が最後に扉を閉めてから動揺していた。


「伊藤は?」

「彼女は身を守るために指輪を使った」

「は?!」


 桂木は反射で立ち上がるから、座っていた座席が吹っ飛んで地面に背をぶつけた。


「伊藤は簡単に諦めない。誰かが強要してるはず」

「うるせぇな。俺も使ってるの見たんだ」


 三橋は私に目配せする。前に出るなと暗に言われてしまった。


「お前は伊藤の何なんだよ」

「そ、それは。何でもない」


 彼の凄みで怒りを黙らせた。

 ヨークは咳払いをする。


「元気で結構。それで、スーシャは私も発生箇所を探知した」


 今回のスーシャは私たちの指輪を奪おうと躍起になっている。出現場所は個人の生活パターンに即したものだ。つまり、普段とは違う店や道路を使うべきということ。

 その後、遭遇した時の逃げ方を講習した。


「スーシャって何なんですかね」

「指輪を持つものを笑う人たちと思えばいい。彼らは人間でしたってネタもないし、ただの有害な風船だ。差し向ける人はいるけどね」

「誰なのかわからねぇの?」

「彼らは誰とも繋がっているし、誰でも風船を膨らませる。今回は主体的に狙っている者もいるみたい」


 次に生徒達の発見を紹介した。私の番は幻想使いは怪しいと忠告を振りまく。三橋によると都市開発計画として扱われているところで頻繁に目撃するようだ。

 そこで、ある女子が手を上げた。


「参考になるかわかりませんが、都市開発のことを深く掘り下げていいですか」


 彼女の名前は佐山すずと呼ぶ。佐山は調べた情報を開示した。


「サバイブ速報がショッピングモールの1件を取り上げました。これ、五十嵐さんですよね」


 スーシャがショッピングモールに現れた。現実では霧が発生していないし、男性がひとりでに倒れたという中身に変革されている。


「こうなるんだ」

「またそこかよ。サバイなんとかはよく聴くよな」

「サバイブ速報は便利ですよ。嘘もあるけど有益なニュースと様座な意見が飛び交ってます」


 彼女の話が尽きた。

 集会はそうして終わる。


「うん。次も君たちは気をつけてね」

「そうだ。五十嵐さん」


 隣の桂木が身体ごと引き寄せる。驚いて硬直した。


「伊藤はあなたに消費した?」

「おい桂木」

「外野は黙ってて。その顔は頷いているものだね」


 桂木は鞄を方に付け、椅子から離れる。


「私、あなたのことが嫌いだから忘れないでね」


 どうやら理不尽に嫌われてしまったみたいだ。佐山や三橋が心配しているから居た堪れない。

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