ショッピングモールあと
月曜日も彼女の姿を捜索する。理屈で否定するよりも早く、身体が自動で求めてしまう。
「なあ、五十嵐さんは話聞いてる?」
「ああごめん。沙織は忙しいから」
「え、そうなの」
伊藤さんは学校生活をひとりで生活していた。授業中以外は窓を眺め、何をしているのか記憶する。移動教室は列の後ろで携帯を触り、体育は最前列で肩で風を切り走っていた。
「沙織。何見てるの?」
「ちょっとね」
私が廊下を歩いていたら、授業中でも睡眠をとっているか、お菓子を食べている。そのお菓子も個数の入ったものばかりで、一口を大事そうに堪能していた。彼女は桂木と因縁があったらしいけど、普段は話す気配がない。要は1人きりだった。でも、彼女から私を発見したら、手だけで反応する。
「沙織って優しいけど好き嫌いがハッキリしてるよね」
「そうかな」
「嫌いな人が来たら無視するじゃん」
それでも、過去を暴露してから私を配慮してきた。呼びかけるけど邪魔をしない。麻衣たちがいたら、素早く私を預ける。
明らかに気を使われていた。
「伊藤さんと何かあった?」
美佳とは付き合いが長いから見抜かれてしまった。隠したら関係が悪くなる。イジメを省いて、過去に因縁があったとニュアンスを変えた。そして、彼女が記憶を引き出そうとしていることも。
「イジメと関係ある?」
「ないない」
「沙織がそうなら聞かないであげる」
彼女は私から記憶を引き出すと言われるけど、彼女と深く関わるのは恐怖がある。不意に殴られたりしないかなという怯えが体にまとわりつく。
「沙織が気負う必要ないって」
「うーん、でもずっと気にされてる」
「だったら話しかけてきなよ」と麻衣が挟む。
彼女は携帯でサバイブ速報の新着を追っていた。
「それに記憶喪失って本当かな。沙織と関わりたいからこじつけしてる気がする」
「ちょっと」
美佳が叱ろうとした。それを麻衣は声で被せる。
「アイツが過去に何をしたとしても、今の彼女を信じてあげて」
「……」
「何ならついていこうか」
「ううん。ありがとう」
今の私には友達がいる。彼女らは間違うと叱ってくれて、心を否定してこない。その環境を信じて飛び込もう。というか、話しかけないくせに目線が来るのは腹立たしい。
教室の時計は休憩時間をさしている。始まるまで五分あるから話しかけれるはずだ。移動教室で場所走ったから、そこに進めばいい。
彼女のいる教室に私は来た。見回すと、窓際で青空を眺めている。
「何か用?」
桂木が友達を置いて聞いてきた。伊藤さんに用があると伝えたら紹介してくれる。教室では話せないから、校内靴で中庭まで行くことにした。
「ど、どうしたの?」
到着し、空いている椅子があった。伊藤がハンカチを起き、私に座らせようとするから遠慮した。二人共汚いところに来る。
そして、その顔を覗く。顔が赤くなり、右耳を撫でていた。
「それは私のセリフなんだけど」
「え?」
「話しかけてこないくせに、話しかけてほしそうにするところとか、何?って聞きたくなる」
「ご、ごめん」
「それで移動中だったりしてさ」
謝らなくていいよと私は付け足した。彼女は返答に困って喉を唸らす。
「だって、私はイジメっ子だから話さない方がいいかなって」
イジメっ子だから話さない方がいい。その矛盾は復唱したくなる面白さだ。
「無理させたくない」
「でも、言いたいことがあるなら言ってよ」
「い、いいの?」
「うん」
彼女は一方的な日常会話をした。要件があったというより、誰かと話すことに飢えている。それも、簡単な相槌でさえ頬を緩ませていた。
彼女は『伊藤葵』か疑わしい。前の彼女は自分の心を守るために他人をなじる人だった。その冷徹さは成長とともに失せたのか。
「成長したってことなんだ」
「な、何が?」
「いや、前の葵はそんなこと言わなかった」
「前の私を聞いてもいい?」
「いいけど、謝らないでね」
出会いから別れまで簡潔に話した。私を虐めてきた数々と心の傷を第三者の意見で続ける。
「わかった」
「私は伊藤葵をそう見た。他の人だったら意見が違うと思う」
私がどういう人間なのかと、他人が私をどう見ているのかは別の定義だ。わからないことを踏み込まない。
「私がどう振る舞えばいいかわかったよ」
「貴方のアイデンティティはあなたが決めたら」
前の学校でワーカーさんに言われた。私が私を決める。その考えに救われたことがあるからだ。
「私も環境のおかげで変化した。二人の友達と家族や先生が支援してくれたから。でも、心の傷は絶対に治らないし、貴方を見てぶり返した」
そろそろそれさえも抱えなくちゃいけない。
「過去の傷も、これからの不幸も、私は抱えていきていくことにするよ」
そんなこと出来るわけがなかった。でも、格好つけてみたい。過去と私は違うって漫画みたいに宣言して、世界を塗り替えたかった。でも、そこにあるのは葵の顔。
「沙織は強いね」
「そうかな?」
中庭の椅子から飛びながら立つ。スカートの尻部分を払った。動かない彼女は見上げる。
「私はそう考えられない。どうしても、引きずっちゃうよ」
二限目の終わりをチャイムが鳴らす。靴箱へ駆け出す男子がいた。私たちもその群れに入ろうとする。
「昼休みにヨークと話してくる」
「うん」
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