第5話 黄泉戸喫
黄泉戸喫(よもつへぐい)....古事記に登場する四字熟語。
一度黄泉の国のものを食べてしまったイザナミがこの世に戻れなくなってしまったことから、異界のものを口にすることでそこの住人となってしまい元いた世界に戻れなくなることを指す。
『今日は友達ん家でご飯食べてくる、帰る頃には連絡するから』
『そう、気をつけてね。怪しい人についてかないように』
花音は少々の罪悪感と使命感を胸中に秘めつつ母との連絡を終え、同じく親に話をつけたらしい沙奈とともに携帯のマップを頼りに件のクラブへと向かった。
既に空は夕闇に染まり、街灯は幽鬼めいて薄暗い街並みを照らし始めている。花音はこの時間帯の見慣れている筈なのにどこか幻想的な風景が好きだったが、これから向かう先を考えると今は少し不気味にすら感じた。
パーティーが開かれるというクラブは昨日訪れた商店街の一角にあるようだが、その中でも大通りからかなり外れた目立たない場所にあることは地図が苦手な花音にもありありと読み取れた。
(ふんっ!こんなとこでパーティーなんて目立っちゃいけないことでもやってるに決まってるじゃん!いいよ!内側から何やってるか暴いてやるんだから!)
不安げな足取りの沙奈を連れ、半ば潜入捜査官気分になっていた花音が勇み足でたどり着いた先にそれはあった。
「キ...しらぶ・ぽめ......?」
「『Club pomegranate』。....ザクロ、って意味かな」
英語にめっぽう弱い花音に代わって後ろから沙奈がピンクのネオンで発光する看板を読み上げた。看板のすぐ横には細い螺旋階段があり、それが伸びている地下からは笑い声やBGMらしき電子的な重低音やが少し漏れ出ている。
「な、なんでもいいよ!行こ、沙奈!」
馬鹿を晒して少し赤面した花音はそそくさと階段を下り始める。勇ましいが頼もしさはあまり感じない沙奈の小さな背中を追い、一抹の不安を抱えて沙奈も階段を下った。
カン、カン、カン、と音を鳴らし下へ下へと降りてゆく二人。
同級生達と比べても胸が大きめな沙奈は、直立していると自分の足元がほぼ見えない。その上自分が結構ドジだという自覚もあるので、故にいつも薄暗い階段を降りる時は手すりをしっかりと握ってつまづかないように心がけている。しかし彼女の心は、それ以上のまた別のことに警鐘を鳴らしていた。
壁。
螺旋階段横の壁面のおびただしい落書きの数々である。こういう場末の道々なんかではストリートアートなんてそんなに珍しくはないが、その内容が歪だったのだ。
無数に描かれた絵や英単語はどれも性的な意味内容のものばかりだが、どれも女しか登場しないばかりでなく、全て女同士でまぐわっているように描写されていた。階段を下れば下るほど落書きの数は増え、落書きの技巧も上がり直接的で分かりやすい描写のものばかりになっていった。
「行くよ、沙奈」
緊張感で満たされた花音の呼び声にはっと我に返り、ゴクリと硬唾を飲む。気づいたら階段を下りきりドアの前に立っていたようだ。
ガチャリ。ギィ........
「わっ!?」
ドアを開いた途端まるで津波のように内側の喧騒、色、香りが五感になだれ込んできた。あらゆる光を反射し輝くミラーボール、フロア全体に響くクラブミュージックのドラムとベース。店のイメージカラーなのかピンクを基調としたレーザーライトに、カクテルか何かと汗が混じったような甘酸っぱい匂い。その狂宴の渦中から歩み寄ってくる人物がいた。
「あ!沙奈ちゃん花音ちゃーん!きてくれてありがとー!
あ、予約取ってたのこの子達だから通してあげて」
ナオミだった。彼女は二人に明るく挨拶すると、受付ブースらしき空間にいた女がナオミの言葉にコクリと寡黙に頷く。
「さ、入って入って」
「ちょ...」
ナオミに背中を押される二人。少しだけ奥の方に踏み込んだこともあり目が慣れたこともあり、先ほどより周りの様子が鮮明に見える。
菓子をつまんで色とりどりの酒をあおったり、小さなテーブルを囲んでゲームに興じたり、カウンターでグラスを片手に語り合っているあたりだけ見ればステレオタイプのいわゆるクラブバーという感じだった。今は使われていないようだが、少し奥の方には柵に囲われ真上に様々な照明機材が取り付けられた円形のステージのようなものも見える。
しかし、異様なのはクラブそのものよりもむしろその客たちだった。
もちろんただ酒を飲み談笑しているだけの人々もいるが、それでも互いの腰を片手で抱き寄せながら会話していたり、紙一枚の隙間もないほど密着して抱き合い深い接吻を交わしていたり、少し奥の方ではソファに座った一方とその膝の上に対面座位の形で座ったもう一方がゆっくりと淫靡に腰を振りながら、互いの服に手を忍び込ませていた。
ナオミが言っていたように確かに自分達と同年代らしき少女も数人いたが、いずれも病的に肌が白かったり、逆に今が真夏だとしてもありえないほどに日焼けしていたり、髪を派手な色に染めていたりと、到底学校に行っている風には見えないいでだちだった。そして彼女らもまた、自分と同じくらいの少女と、あるいは20代ほどの女と抱き合い同性との一線を越えたスキンシップに興じていた。
さらに奥の壁で仕切られたこちらから見えないブースからは嬌声までもが聞こえてくるが、BGMや喧騒に半ばかき消されているのも相まって2人はその正体に気づけなかった。
ともかくとして、妖艶で危なげで、毒を含んだ蜜のように淫靡な空気がフロア中に充満していた。
そんな空気中の毒気に当てられて倒れてしまいそうな場所で、飾らない黒髪と夏用のセーラー服に学生鞄の二人組は明らかに浮いていたのだった。
「あれっこの子達新顔?」
あまりにも非日常すぎる光景に目を奪われていると、カクテルグラスを持った若い女の二人組が沙奈たちの方へ寄ってきた。花音がきっと睨みつける。
「えっあの...えっと.....」
「かーわいー!どっちも素朴な感じでゾクゾクしちゃう♡」
しどろもどろな沙奈や敵対オーラをギンギンに醸す花音の様子に構うことなく、その二人組は少女達の不安げな顔つき、フロアの熱気に汗が垂れている首筋、胸、二の腕、脚、肢体の隅々まで嘗めるような目で見回して吟味する。
二人組の片方は紫に染められたボーイッシュなアシメショートヘアで、グレーのサルエルパンツと黒のタンクトップを着ていた。豊満な乳房を包むタンクトップはぱつぱつに突っ張り、歩くたびにゆさゆさと揺れる。
もう片方はスレンダーな体格によく似合うワインレッドのワンピースドレスを見に纏っており、美しい金髪をカチューシャでオールバックの形でまとめていた。
お互いに全く違う印象を与える風貌の二人だが、どちらも180に届こうかという日本人とは思えないほどの長身でスタイルも良く、そして顔がよく似ていた。
「そうだよー、ちょっとまだ緊張してるみたいだからさ、二人でここのこと教えてあげてくれない?」
「いいの?やったー!ナオミちゃんやっぱ大好きぃ♡」
ナオミが相槌を打ちこちらのペースなど全く考えない提案をすると、金髪の方が晴れやかな笑顔を浮かべナオミに抱きつく。
「ちょっと誰ですか貴方た...」
「ああごめん、申し遅れたわね。えっと私がハルナで、あっちのブロンドのおバカがミサキ。こう見えて双子なの。よろしくね。」
ハルナと名乗る紫髪の方が答えた。花音は言葉を遮られ罰の悪そうな顔で黙りこくるが、ここ全体に立ち込める空気の中で彼女の落ち着いた口調はほんの少しの安心感をも与えた。
「大丈夫。まだ怖いと思うけどきっとすぐに馴染んじゃうから。」
「そっ!『馴染んじゃう』からね....♡
さっ!こっちにおいでー!」
「あっちょっと!いきなりっ...」
ミサキが意味深な笑みを浮かべると、沙奈の手を取りフロアの奥の方へ引き込んでいった。
「...おいで?」
それを一瞥すると、ハルナもならって花音を奥へと引っ張りこんで行く。
「ちょっと!痛いってば!離してよ!」
花音が抵抗するもハルナの力は強く、また沙奈はほとんどミサキに抵抗する様子もなく流されるままに連れられ、あれよあれよという間に二人は入り口から離れた唇のように真っ赤な四人用ソファに座らされてしまった。
うつむく沙奈、ハルナから目を逸らす花音。その両脇に座り二人の頭やスカート越しの太ももを優しく、妖しく撫でるハルナとミサキ。
「....お二人はさぁ、こういう場所は初めて?」
「...........はい」
沙奈が消え入るような声で答える。
「ってそりゃそうだよねー!私ってば何聞いてんだろ!」
「ほんとよバカミサ姉。まさか緊張ほぐすとか言ってこのまま質問責めする気?余計困っちゃうでしょこの子達。
それより私達が得意な方法でさぁ......
ね?」
ハルナはサルエルパンツからおもむろに小袋を取り出すと、その中から例の錠剤を取り出し舌の上に乗せた。するとテーブルに置いていたスカイブルーのカクテルをクイッと少量あおり、口に含んだ。
「魔法、かけちゃおっか?」
ミサキはそれを聞くとさも楽しそうにニッコリと笑い、
「かけちゃおっか!いいよね?」
ハルナの一連の行為を同じように再現する。
一方沙奈と花音は、顔を上げることができなかった。色香漂う二人の風貌は同性ながらもなんとなく目の毒だったし、何より両脇の双子が今行なっていることを直視し、そこから自分達が今から何をされるのか考えることが怖かった。
心拍数だけが上がり、頬や首を汗が伝う。
片耳から侵入してくる双子が酒と薬と唾液を口内で混ぜ合わせるグチュ、グチュという水音、
「んっ.....ふっ......」と時折漏れる双子の官能的な吐息を必死で無視し続けていた刹那、
「顔、上げて」
突然ハルナが低い声で呼ぶとともにクイっと花音の顎を引き上げる。
目を丸くした花音が最初に見たのは、息を荒げて頰を紅潮させ、水気をたっぷりと含んだ艶めかしい舌舐めずりと共に目を細め微笑むハルナの顔だった。
ブチュウッ.....
「んむッ.....!?」
次の瞬間、ハルナが花音の薄い唇にむしゃぶりつき口内でじっくりとブレンドされたカクテルを流し込んでくる。
同性にファーストキスを奪われてしまう、という生理的嫌悪感から、反射的に口を離そうするが無駄。
(やだやだやだやだ.......!なんでっ女の人とこんな....私のファーストキスは内海先輩と誰もいない音楽室の隅っこでひっそりと.....ん゛ん゛ん゛ん゛っ!)
ハルナは身体全体の肉付きがいいばかりではなく、鍛えているのか女性にしてはやや筋肉質だった。その無駄のない筋肉の上にうっすらと柔らかい脂肪の乗った腕で花音は後頭部と背中をがっしりと抱き込まれ、逃げることを許されない。
ハルナは可能な限り密着するよう花音の小さな身体を痛みすら感じるほど執拗に、己の豊満な乳房の形が潰れるまで抱き寄せ、舌を絡め、下唇を食み、口移しで流し込んだカクテルを喉の奥へ奥へと舌で押し込んでは花音の歯の表裏隅々まで舌を這わせ蹂躙する。
ふと横目で見やると、沙奈も同じようなものだった。
最初は抵抗できないよう両手首を掴みミサキの真っ赤な唇で初めてを吸い尽くされていたが、無駄だと悟ったのか体力がなくなったのか、抵抗をやめたのをいいことに今度は両頬を手で固定され優しく、しかししつこく粘っこく、ミサキの口内の混合物を流し込まれていた。
そのワンシーンだけなら愛し合うレズビアンのカップルの熱烈なキスに見えないこともない。はたから見ると自分はあんな状態なのかと思うと花音の中に何か今までにない妙な感情が沸き起こり、同時に花音はわけもなくそれが恐ろしく感じた。
(やだっ.....やだ.......やらぁ........)
最初はじたばたと抵抗していた花音も時間の経過と共に力を吸い取られるように弱々しいものになってゆき、花音の唇の端から唾液とも酒ともつかないものが溢れ出る頃にはハルナに抱かれたまま力が入らなくなった両腕をだらんと垂らしていた。
ドサッ!
「はぁ.......はぁ.......」
骨抜きのような状態になってやっとハルナとミサキの腕から解放されると、二人はお互いに寄りかかるようにぐったりとソファに倒れ込んだ。
酒と薬と唾液の洪水の中まともに呼吸できなかったせいで息は上がり、窒息しかけたせいか人肌と長時間密着したせいか、あるいは薬が回ってきたのか、まるで熱病に犯されたかのように体は火照っていた。
「ん〜〜〜っま...!それじゃあたっくさん、楽しんでね...♡」
ミサキが沙奈の首元を痣ができそうな勢いで吸啜し真紅のキスマークを残すと、沙奈の頭を優しく撫でてその場を去った。それを見てハルナも潮時かと花音のこめかみに軽くキスをし、双子の姉の後を追っていった。
息も絶え絶えになり、ぼやける視界のなか沙奈は初めてのキスの途中ズレた眼鏡をやっとの思いでかけなおす。前髪の隙間からフロアを覗き込んだ。
眼鏡をかけたにも関わらず、視界は依然としてぐるぐると回り続けている。激しいキスの最中他の客の注目も集めていたようで、こちらを見てひそひそと噂しているグループもチラホラといるのが分かった。
フロアに入った際に抱き合っていたカップルの交わりはさらに深く激しいものになり、責められている側の嬌声が響きわたる。
そんな光景をぼーっと眺めていると、なんとなくむずがゆいような、もどかしいような感覚に襲われ思わず内腿を擦り合わせた。
誤魔化しようもなく、沙奈は歳上の女性とディープキスを交わし、それを大勢に見られ、自分もまたレズセックスを眺めて濡れていた。彼女の脚にはスカートでは隠しきれないところまでテカテカと愛液が伝い、汗だくになった沙奈の肢体の中でも一際よく目立っていた。
うなだれていた沙奈が頭をソファにもたれさせ、ちらと花音の方を見た。
花音もやはり未だ放心状態といった様子。しかし、薬のせいかこの場の異常な空気のせいかはともかく、今の沙奈の目に移る彼女に対する印象は普段とは全く別のものだった。
今の友人を見て真っ先に目が行くのはその潤んだ瞳、必死で酸素を体内に取り込む薄ピンクの唇、
汗を光らせる首筋、乱れたセーラー服からチラリと見える肩、鎖骨....
発展途上の胸元。
腰のくびれ。
プリーツスカートから伸びる細く健康的な色の脚。
花音が沙奈の方を向き、目が合った瞬間、
二人の中で、なにかが切れた。
ごく普通のJCがレズキメセクにのめり込んでいく話 スーパードライ @Bohemianrhapaody
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