タラシとのキス

「アタシ、アンタのこと、大っキライよ」

 アタシはいつも笑顔を浮かべ、彼女に真逆の気持ちを言う。

 けれど言われた彼女は笑みを浮かべ、

「ありがとう。嬉しいよ」

 と言ってくれる。

 彼女は通っている女子校で有名な人。

 どういう風に有名かと言うと、とても美人で頭が良く、また家柄も良い。

 …とここまではまあ良いだろう。

 問題はその次、くしくも4という不吉な数字に当てはまる言葉。


『女ったらし』。


 ……そう。ウチの高校は女子校なのに、彼女は女ったらしで有名だった。

 いっつも周囲にはファンの女の子達がいて、彼女はそれを笑顔で対応する。

 なのでウチの高校では、彼女のファンか、あるいは嫌っているコのどちらかとなっている。

 何せ彼女はいろんな意味で、目立つしなぁ。

 同級生にはおさまらず、上級生や下級生、あるいは女教師にまで関係を持ったとのウワサ。

 なので賛否両論に別れても、これは仕方がないというもの。

 そして非常に残念なことに…アタシまで彼女のトリコとなっていた。

 これでも最初はただの女友達だった。

 入学して教室に入って、たまたま席が隣同士だったので、一番最初に仲良くなった。

 …彼女が女ったらしとしての姿を現すまで、そう時間はかからなかったな。

 だけど不思議と嫌悪感は無かった。

 それどころか、ウワサになった女の子達を羨ましくも思ってしまった。

 けれど…彼女は一度付き合った女の子達とは、長く続かない。

 飽きたらすぐに捨ててしまうからだ。

 それでも彼女は、毎日絶えず愛の告白をされる。

 弄ばれて、最後は捨てられると分かっていても、抑えきれない気持ちがあるんだろう。

 そういうコ達を羨ましくも思う。

 だってアタシは勇気がない。

 一時、良い夢を彼女は見せてくれるだろう。

 けれど突然終わりを告げられたら、きっと壊れてしまう。

 そしたらもう、友達にも戻れない。

 そう思ったアタシは、毎日おかしなことを言い始めた。

 彼女のことが好きで好きでたまならないのに、『大キライ』と言ってしまうこと。

 それこそ『好き』って言いたい時ほど、『大キライ』と言ってしまう。

 しかも満面の笑顔で。

 でも彼女は何も言わない。

 突然おかしな行動をしてきたアタシに、何の疑問も抱かないみたいに、受け入れている。

 普通、キライって言われて、喜ぶ人なんていないんだけどなぁ。

 それでもアタシ達はいつも一緒にいる。

 …何なんだろう、この関係は。

 彼女はアタシの奇行を受け入れ、それでも一緒にいてくれる。

 アタシも…どんなに苦しくても離れようとしない。

「…ねぇ、キライって言われて、本当に嬉しい?」

 だから思いきって聞いてみる。

「そうだね。好きって言われるよりは、刺激的かな?」

 …余裕の笑みで、返されてしまいました。

 分かっていたけど、精神的にも彼女の方が上だ。

「でもアンタなら、好きも嫌いも同じ回数、言われていると思うんだけど…」

「まあね。でもキミにキライって言われるのは、そうイヤじゃないんだ」

「…何でよ?」

 アタシだったら、彼女にキライって言われたら落ち込むほどショックを受けるのに。

「さて…。マゾなのかな? キミに対しては」

 それは冗談なのか、本気なのか。

 お綺麗な顔で言われると、本気っぽく聞こえてしまうから厄介だ。

「…やっぱり大っキライ。そうやって誤魔化してばかり」

「いいや? 珍しく本音だよ。キミには好きだと言われるよりも、キライと言われる方が良いんだ」

「だから何で?」

「うん。つまり、こういうことかな」

 突然、彼女の顔がどアップになったと思ったら……キス、された。

 触れるだけで、すぐ離れるような一瞬のキスを。

「……え?」

 思わず自分の唇に触れる。

 けれど段々お腹のそこからフツフツと怒りがわいてきた!


 バシンッ!


 怒りに突き動かされたまま、アタシは彼女の頬を平手で叩いていた。

「ふざけないでって言ったでしょう?」

 思わず涙まで出てきてしまう。

 なのに彼女は笑うだけ。

「うん、やっぱりこっちの方が良い」

「はあっ!?」

「愛だの恋だのぬるい感情よりも、強く感じる負の言葉や態度の方が良いと言っているんだよ」

「アンタって…本当にマゾなの?」

「キミだけに、ね」

 肩を竦め、彼女は微笑む。

 …片方の頬が、痛々しく腫れてきた。

 ジンジンと痛むのは、アタシの手も同じ。

 アタシは彼女を叩いた方の手で、今度は優しく赤くなった頬に触れた。

「…アンタのことはキライだけど、顔は好きよ」

「それはどうも」

 彼女はまるで猫がすり寄るように、手に頬を付けてくる。

「アンタは…いろんなコと付き合っているけど、本気で好きになったことはあるの?」

「さぁね、忘れてしまったよ。ああ、でも今は自分を嫌っているコが身近にいてくれるから、何だか安心するんだ」

「何で安心なんかするのよ?」

「好きもキライも一瞬のウチに終わってしまったら、つまらないだろう? その点キミは、しぶとそうだし」

「終わらせているのはアンタの方じゃない!」

「ん~。でも近くにいれば、相手の気持ちも何となく分かるじゃない? わたしは終止符を打っているだけに過ぎないよ」

 それはつまり…彼女に近付いてきているコたちは、あまり本気ではないってこと?

「でも…本気で好きになってくれたコだって、いたんじゃないの?」

「まあね。でも長くは決して続かないだろうよ。彼女たちはわたしを通して、良い夢を見ているに過ぎないんだから」

 それは何となく、理解できる。

「じゃあアンタは自分を犠牲にして、女の子達の夢を叶えているってワケ?」

「そこまで善人じゃないよ。わたしはわたしで、楽しんでいるからね」

 …悪魔め。

 イヤらしい笑みを浮かべやがって。

「だから良いところで終わらせる。お互い、一番良い方法だろう?」

「なら何でアタシには嫌われていたいのよ?」

「愛情よりも、負の感情の方が強いって言っただろう? それに長続きもする。できれば一生、キミには嫌われていたいと思うよ」

 彼女は……怖がっているんだ。

 アタシの秘めたる気持ちを知っていて、それを受け入れたら、いつか終わりを迎えてしまうと思っている。

 それを怖がってて、なら逆の言葉を言われた方がいいだなんて…。

 アタシ達は気付かなかったけれど、本当は似た者同士だったのかもしれない。

 深くため息をつき、アタシは真っ直ぐに彼女のを見上げた。

「強くなりましょう」

「えっ?」

「アタシもアンタも、本当の気持ちのままに生きられるように、強くなるの」

 このままじゃいけない。

 逃げてばかりでは、何も解決しない。

「少しずつ…ちょっとずつでも良い。強くなって、真っ直ぐに生きてみましょうよ」

「でも…」

 彼女の目が、不安そうに揺れる。

 彼女の生き方は決して褒められるものじゃないけど、周囲が押し付けてきたというのもある。

 だから今度は、アタシが彼女を引っ張らなければならない。

「アンタだけじゃない。アタシも一緒に頑張るから」

「キミもかい?」

「ええ。…アタシも弱いから。逃げてばかりいるのにも、ちょっと飽きてきたわ」

 苦笑を浮かべると、彼女は弱々しく笑う。

「…そうだね。じゃあ強くなったら、キミは何してくれる?」

「ご褒美を要求するの?」

「そりゃあそうだろう。引っ張り込んだのはキミの方だし」

「そうねぇ…」

 アタシは腕を組んで考えた後、思い付いて顔を上げた。

「―分かったわ。アンタが強くなって、アタシも強くなったら、ご褒美をあげる」

「二人一緒にか。それなら頑張れそうだな。で、ご褒美の内容は?」

 イタズラっぽく笑う彼女。

 アタシは顔を真っ赤に染めながら、言う。

「今度はアタシから…キスしてあげる」

「アハハ、それは嬉しいねぇ。じゃあその時、わたしへの本当の気持ちも一緒に伝えてくれるかい?」

 やっぱりコイツ、知っていたな!

「分かったわよっ! その代わり、本気で頑張りなさいっ!」

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Girls Kiss hosimure @hosimure

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