今朝見た怖い夢を短編小説化しただけ

コノザワ

無題

 「奴ら」が何時から其処に居たのかは、誰も解らない。


 森の奥深くに聳える、寂れた廃屋に、「奴ら」は現れる。

 ある言葉と、それに似た発音をした言葉を唱えた時、「奴ら」は唱えた人間を連れてゆく。

 黄色く光る一対の眼を持ち、人に似た躰は全身暗い体毛で覆われており、四肢が持つ力は人間のそれをはるかに上回る。

 唱えたが最後、「奴ら」から逃れる事は不可能である。

 そして、「奴ら」に連れ去られた者達の行く末は、誰も知らない。ただ、その姿を再びこの目にするのが叶わぬだけだった。

 今までに幾人ものが「奴ら」に攫われている。

 だが、決まって自ら「奴ら」に攫われていく者達と、興味本位でふざけたが為に攫われて征く者達だけしか居らず、「奴ら」を討ち取ろうとした人間を除けばそれ以外の人間には一切危害を加えない。

 この町では誰もが、「奴ら」を子供の頃から親達に伝え聞かされ、教えられている。

 しかし、「奴ら」に攫われていく事が何を意味するのかは誰も知らない。それ故なのか、「決して『奴ら』を呼んではならない」と教える者は居なかった。

 ましてや、「奴ら」を呼び寄せる為の言葉を教えようとする者も居ない。

 だが、「奴ら」に連れ去られた者達が如何にしてその言葉を知ったのかは、分からなかった。

 何時の間にか、私は頭の中でその言葉を覚えてしまっていた。


 ある日、私は1人の男と共に其処へと向かった。彼は自分の息子を「奴ら」に攫われたらしい。

 私は何度か、この廃屋を訪れた事が有る。そして、何度も、目の前で人が「奴ら」に攫われていくのをこの目で見て来た。

 廃屋の一室に、私は彼と共に足を踏み入れた。その部屋にはカーテンのかかった窓が三つと、揺り椅子が一つ置いてあるだけだった。

 彼の息子はこの部屋で攫われたと聴く。形見がここで見つかったからだそうだ。

 男は部屋の中心に置いてある揺り椅子に腰を掛けて、私に息子との思い出話を聞かせて来た。

 興味が無く、話半分で聞いていた時、私はある事に気付いた。

 彼は何時の間にか、「奴ら」を呼び寄せる言葉と似た発音の言葉を口ずさんでいた。

 まさか彼がその様な言葉を発するとは思わず、ましてや今までにない聞いた事の無い唱え方だったからだ。

 だが、気付いた時には既に遅かった。

 廃屋の外の森から、「奴ら」が小枝や落ち葉を踏み付けながら迫る音が響く。

 彼が唱えていた事に気付いてから一分と経たずに、「奴ら」はもう廃屋の目の前まで迫っていた。

 カーテン越しに、「奴ら」の光る眼と頭の影が映る。私を嘲笑うかの如く唸りを上げ、壁を叩く。

 呼び寄せたのが私自身ではない以上、私が連れ去られる事は有り得なかった。

 しかし、迫り来る「奴ら」の気迫は尋常ではなく、私は恐怖の余り彼が座る揺り椅子に、彼を押さえつける形でしがみ付いていた。

 にも関わらず、彼は言葉を唱える事を止めようとはしなかった。

 何度も唱えられ続ける事に引き寄せられるかの様に、「奴ら」の唸りは更に数を増やし、壁や窓を叩く間隔と勢いは上がってゆく。

 遂には壁を突き破って「奴ら」の毛むくじゃらの腕が一本、手を伸ばしてきた。


 それからはハッキリと覚えていない。気付いた時には、彼も「奴ら」も、姿を消していた。あの恐怖が嘘の様に、何もかもが静まり返っていた。

 あの男は、自分の息子の下へと行きたかっただけなのかもしれない。しかし、今と成ってはそれを知る由もない。

 一説に聞くには、「奴ら」が自分達を呼び寄せる言葉と似た発音にも反応するのは、言葉ではなく単純に「音」に反応しているからだとも言われる。「奴ら」が獣か人並みの知能を持つのかは定かではないが、決して「言葉」そのものには何の反応も示していないという事に成る。

 それが何故なのかは分からない。「奴ら」が人を攫っていく様に成る以前は、この森でひっそりと大人しく暮らしていたに違いない。そこで誰かに何らかの言葉を教えられ、その人が再び現れたのだと思い込んでいるのかもしれない。

 いずれにせよ、「奴ら」は我々の意思に関係なく、自分達を呼び寄せた人々を連れてゆく。

 その真意を、お互い何も知らない……。


 あの男が連れ去られた後、私は何時もの様に帰宅した。

 それから数日が経った頃の明け方、大きな地震と共に私は目が覚めた。

 飛び起きて外の様子を確かめると、雪が降りしきる中、毛むくじゃらの巨大な脚が、冷たい窓の向こうを歩いていた。

 それは紛れもなく「奴ら」だった。以前とは比べ物に成らない程に大きく成っていた。

 遂に「奴ら」はこの町にも姿を現した。だが、その目的は分からなかった。きっと、今までの様に自分を呼ぶ唱えに応えて来たのだろう。

 「奴ら」が何かを求めて人々を連れてゆく様に、人々も何かを求めて「奴ら」を呼んでいるのかもしれない。

 だが、「奴ら」は決して死神ではない。

 人々が勝手に死神に仕立て上げているに過ぎない……。

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