第49話 後宮からの逃亡

 船着き場でセイランと合流して、騒ぎにならないようにと早足で王宮へ向かう隠し廊下を歩く。非常用の通路なので後宮を出る時の検査は行われなかった。


「皇帝の身辺警護はどうなってるの?」

「いましたがすり抜けられました」

 後宮内は皇帝の力で護られているので誰もいない。護衛は船着き場で待っている。


「リョウメイ様は侍女の服を着て正面から後宮を出たようです。後宮の境界を出る際の検査は同行していたイーミン様が拒否されたと報告を受けています」


 後宮を出る際に、侍女は顔と荷物の中身を確認される。月妃はこれまで個人の用事で外に出る前例が無かったので、ノーチェックで通されていた。前例を尊重して踏襲してきた王宮の混乱ぶりはここにも表れている。


「ユーエンが外に出る時、服の下に隠してる武器とかバレなかったの?」

「私は宰相の命で入ったと知られておりますから、形式的な検査のみです」

 急いでいる時には顔を見せるだけで通っていたとユーエンが言う。


「リョウメイが外に出たって、どうしてわかったの?」

「被り布に慣れておられないので、牛車に乗る際に落としてしまったそうです」

 その際に兵士が顔を確認したという。


「レイシンもびっくりしてるでしょうね」

「それが……姿が見えないのです」

「どういうこと?」

「夕刻に兵士が定時報告に兵隊長室へと入りましたが、誰もいなかったそうです。さらには部屋が綺麗に片付けられていたと」


「リョウメイが外に出たことに関係あると思う?」

「偶然とは思えませんね。常に最悪の事態を想定しておくべきです」

「最悪の事態?」

「……かなり昔の話ですが、一時イーミン様の護衛をレイシンが務めていたことがあるそうです」

 唐突すぎる話に驚いた。イーミンが十五歳になった月に脅迫状が届いて、犯人が捕まるまで兵士たちが護衛をしていたという。


「複数人での護衛ですし、一箇月程のことだったと先程聞きました」

「待って、待って。どういうこと、どういうことなの?」

 いきなりのことで混乱する。イーミンがリョウメイを外に連れ出した。イーミンと接点があったレイシンが部屋を片付けて姿を消した。この二つをどう結び付けたらいいのだろう。


「いくつかの想定ができます。一つ目は二つの事柄は全く関係なく、単にイーミンがリョウメイ様に何かお願いごとをしようとしている。例えば、外国の商人の屋敷で高価な宝石か何かを買いに出た」

「誰もいない屋敷で?」


「二つ目はイーミンとレイシンが恋仲で、リョウメイ様が邪魔になったので外に連れ出して亡き者にしようとしている」

「イーミンはリョウメイの子供を身籠っているのよ? 他に好きな人がいるのに、子供を作るなんて出来る?」

「貴女が暮らしていた国は幸せな世界だったようですね。……貴族の娘には義務があります。望まれれば自分の意思とは関係なく、皇帝や貴族の妻になって血を繋ぐ道具になるしかない。そこに個人の感情は通じないのです」

 何故かセイランの言葉が悲しく聞こえた。貴族の娘は道具になる為に、大事に育てられていると重ねて言う。


「三つめはリョウメイ様とイーミンが逃亡するのをレイシンが護衛として助けている」

「どうしてリョウメイが逃げるの?」

「様々な王宮の決まりごとを廃止しても、皇帝を辞められそうにないと理解されたのかもしれません。ご自分の御子を宿した女性と外に出ることを安易に選択された可能性もあります」

「……私じゃなく?」


 リョウメイが王宮から逃げるのなら、連れていくのは私ではないのか。すっと心が冷えていく。


「他にも様々な可能性がありますが、リョウメイ様と直接話せる機会は今しかないでしょう」

 王宮の隠し廊下から外にでて、整えられた庭を抜けて鍵のかかった扉を開くと町の一角だった。


「この扉が一番あの屋敷に近いのです」

 牛車の行き先があの屋敷なら、おそらく先回りできるというセイランの言葉は正しかった。少し歩いて門が見える曲がり角で身を隠していると、ゆっくりと牛車が進んでくる。


 牛車の近くを歩いていた男性が、こちらに近づいてきてすれ違いざまにセイランに言葉を残し歩いて行った。


「何?」

「牛車の中にはリョウメイ様とイーミンのお二人のみで、誰も降りていないそうです」

 今の男性はセイランの間諜らしい。


 牛車が屋敷の中に入り、門が閉められた。前回も不思議に思っていたけど屋敷の中に人が見えない。

「どうするの?」

「もちろん中に入ります。ユーエン、カズハ様を抱き上げて下さい」


 セイランの指示で私はユーエンに軽々と抱き上げられた。

「飛びますよ!」

 ユーエンとセイランの背中に黄色い光の翼が出現した。ふわりと一度羽ばたいただけで、私は夜空を飛んでいた。


「うわっ!」

 色気のない叫び声を上げると、ユーエンに強く抱きしめられた。真剣な表情に鼓動が高鳴る。


 門の屋根に降り立ち、牛車から降りて屋敷の中へと入っていくリョウメイとイーミンの姿を確認した。魔法灯の光に照らされ、侍女の服を着たリョウメイはイーミンの肩を抱き、足元を気遣いながら優しく労わるように歩いて行く。


「リョウメイも同意してるみたいね」

 無理矢理連れ去られたという雰囲気ではない。牛車を引いてきた二名の従者も車から牛を外して世話をしながら話をしている。車から牛を外すのは、長居をするという意味がある。


「庭の奥は誰もいないようですから、そちらから入りましょう」

 再び飛んで庭に降りようとした時、白い光の膜のようなものが侵入を阻んだ。


「ちっ! 結界か!」

 舌打ちしたセイランが再浮上しようと体を捻った時、〝華蝶の簪〟の青い光が私たちを包んで白い光の膜を通り抜け、地面にふわりと降り立つことができた。


「ありがとう」

 お礼を言っても簪からは何の返事もない。力が戻っていない状況にも関わらず助けてくれたことに感謝して、私たちは屋敷に向かった。

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