第48話 天秤の両端

 冬が深まっていく。白月宮の中は魔法石による空調が効いていて快適な温度が保たれているものの、どこかからの隙間風を感じることもある。


「もうすぐ新年のお祝いね」

 この国では新年を迎えるとあっという間に春になる。

「今日は皇帝の祭祀、ちゃんとやってるかしら」

 リョウメイは皇帝の祭祀の一部を廃止してしまった。このままでは私が地脈を癒した意味がなくなってしまうかもしれない。


 ……リョウメイは皇帝を辞める為に王宮の様々な制度や後宮を壊そうとしているのかもしれない。もしかしたら、私の為なのだろうかと思うと恐ろしくて口にはできない。


 私一人の為に国を滅ぼす。そんなことはあってはならないし、全然嬉しくない。


「カズハ様、何か悩んでおられるなら、私にお話し下さい」

 ユーエンが心配してくれていても、軽々しく言えることじゃない。

「……リョウメイが、何考えてるのかなって。村にいた頃は以心伝心っていうか、何も言わなくてもわかり合えたんだけど、今は全然わからないの」


 私の心も変わってしまった。あの祝いの行進を見てから、リョウメイを愛していると素直に思えなくなった。正直に言えば、二番目の女になるのは嫌。もう離縁して後宮から出たい。


 でも、リョウメイが私の為に国を壊そうとしているのなら止めなくてはならないし、リョウメイを受け入れなければと思う。


 リョウメイと話をしたい。ユーエンやセイランといろんな方法を試してみたけど、すべて失敗した。秋から使われ始めたという護符がとても強力で、強い魔力を持つセイランすら破れなかった。


 皇帝の力が使われている可能性があると護符を見たセイランは言う。強力な神力を元にされれば、魔力では敵わない。……私はリョウメイが護符を作ったとは思えない。


「あー、もう、悩むのって苦手なのにー」

 この世界に来てから、悩んでばかり。

「お菓子でも作ろうかな」

 体を動かせば、少しは気がまぎれる。私はユーエンと一緒に厨房へと向かった。

 

 

 表面上は穏やかな日が過ぎて行き、新年まであと三日になった。ユーエンと夕食を食べて片付けた後、自分がまとめたお妃教育の本を開く。


「……お妃教育の時に習ったのは、明日から皇帝と月妃による祭祀が始まるってことなんだけど……月妃に連絡がないっていうのは、これも中止にしたのかな……」


 新しい年を迎える為に、各月妃と共に四方と中央で神への感謝を捧げ、厄災を祓う。少しでも言葉が交わせるかもしれないと思っていたのに。


 唐突に、黄色の光で床に魔法陣が描かれた。

「セイラン? どうしたの?」

 長い髪をポニーテールにして、いつもの深衣でなく動きやすそうな服装でセイランが現れた。黒いコートに上着は紺色の中華風シャツで黒いズボンにブーツ。旅の中でも見たことのない姿。


「リョウメイ様が、イーミンと牛車で外出されました。王宮の外なら護符の力が弱まり、会える可能性があります。どうします?」

 セイランの問いに私は頷く。


「行きます。私はリョウメイと話がしたい」

 イーミンの肩を抱くリョウメイの幸せそうな姿が目に浮かぶ。何を考えているのかさっぱりわからないけれど、国が滅びるようなことは止めなければならないと強く思う。


 厚い上着を着て月宮から出るといつもの華舟ではなく、スケートボードのような板が池に浮いていた。

「浮板です。華舟と小舟は何者かによって止められていますので、私は魔法で船着き場に向かいます」

 そう言い残して、セイランは黄色い光に包まれて消えた。


「え? これで岸まで? 魔法で運んでくれてもいいじゃない!」

 私が抗議すると、ユーエンが苦笑する。

「複数人を運ぶのは大量の魔力を消費しますから。カズハ様、私の首に腕を掛けて下さい」

 ユーエンの首に腕を掛けると、片腕でしっかりと抱き上げられた。


「行きます!」

 掛け声と同時に、浮板が黄色い光に包まれて水面からふわりと浮いて進みだす。水しぶきを上げながら、浮板は広大な池を走り抜ける。


 リョウメイに会えたら、私の為に国を滅ぼさないよう伝えたい。

 私が我慢してすむなら、それでいい。私はそう決意していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る