第44話 失意の朝

 翌朝、私は白月宮の寝台で目が覚めた。どうやって戻ってきたのか記憶がすっぽり抜け落ちている。白月宮に戻って来てから、泣いたことだけは覚えている。


 隣にユーエンが寝ているのは、私がしっかりとユーエンの服を握りしめていたからだと思う。また迷惑を掛けてしまった。


 泣き過ぎて腫れた目が酷い。濡れた布で目を冷やしながら、窓際に座り込む。

「……やっぱ美人には勝てないのかしらね」

「カズハ様の方が可愛らしくて私は好きです」

 優しく微笑むユーエンは化粧もしていないのに、どこまでも美人でうらやましい。


「慰めはやめてー。さらに落ち込むから」

 私は窓枠に突っ伏した。ユーエンがいてくれてよかったと思う。軽口でも言って笑い飛ばさないと、どこまでも落ち込んでしまいそうで。


「本心ですよ」

 ユーエンの声は優しい。

「そうだ。今晩は思いっきり飲む! 沢山から揚げ作って飲む! そうでもしないとやってらんない!」

 私はやけになって叫んだ。


 テーブルの上の大皿に山のようなから揚げが積み上がった。ユーエンに材料を調達してもらって、昼過ぎから仕込んで、とにかく揚げ続けた。横には申し訳程度のサラダ。歯ごたえが欲しくて野菜をスティック状に切った。


「ユーエン! 一緒に飲んで!」

「は、はぁ……」

 ユーエンは目を瞬かせながら、グラスを傾ける。元の世界の物と遜色のないグラスは、村でも旅の間も一度も見たことがない。きっと物凄く高価な物だろう。


 金木犀に似た香りの緑色のお酒は甘くて美味しい。アルコールの度数が高いのか、一気に飲むのは難しい。ちびちびと舐めるように飲む。


 ばりぼりと音を立てながらニンジンのスティックを食べる。ムカつく。本当にムカつく。離れていても私だけだと思っていたのに、リョウメイは裏切った。


「……いろいろ思うこともあったけど、リョウメイも我慢して頑張ってるのかなって思ってたの」

 行儀が悪いと思いつつも、テーブルに頬杖を着いて、今度は白菜スティックを食べる。しゃきしゃきとした歯ごたえが爽やか。


「ほら、旅に出る前にリョウメイと帝都ですれ違ったじゃない? あの時は距離取ってたし、よそよそしい声だったし、大丈夫だって思ってたの」

 あの声を聞いて安心していた。リョウメイは私だけだって思ってくれていると、心の支えにしていた。


「小説だったら、こういうのって実は皇帝の子じゃなかった……っていう展開なんだけど……そんな感じじゃないわよね……」

 微笑み合う二人は幸せに満ちていた。私が見ているかもしれないなんて、全く考えてもいない雰囲気だった。私はリョウメイを見ていたのに、リョウメイは私を一度も見なかった。


「ユーエンみたいに侍女として男性が紛れてて……なんて可能性ある?」

「ありませんね。後宮に紛れている男は私だけです」

 やけにきっぱりとユーエンが答える。


「そっか。……男って機会があったら、沢山種を撒きたくなるものなの?」

 私の問いに、ユーエンがむせた。


「……私には理解できません。私なら一人だけです」

「間諜って、色仕掛けとかするんじゃないの?」

「向き不向きがあります。私には向いていない」

 即答。確かに表情や態度に感情が出てしまうユーエンには向いてないのかもしれない。


「じー」

「……な、な、な、何ですか、その疑いの眼差しは?」

 

「怪しい。だってこんなに美人なんだもの。口説かれたらイチコロよ」

「イチコロとは?」

「あれ? 何の略だったっけ? 一撃でコロリと倒れる、だったかな? 落ちるだったかな?」


「……口説いたら、堕ちてくれますか?」

「私が男だったら、きっとイチコロよ。絶対コロリと騙されるわ」

 ユーエンに口説かれたら。あっさり堕ちるかもしれない。都合の良い夢を見る私が馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。


「飲むわ! 徹底的に!」

「カズハ様、ほどほどに……」

 そういいながらもユーエンは私が酔い潰れるまでお酒に付き合ってくれた。



「あいたたたたた」

 翌日の私は、酷い二日酔いに打ちのめされていた。苦笑するユーエンから手渡された薬を水で流し込む。


「何でユーエンは二日酔いじゃないの?」

「酒なんて水ですよ」

「これがウワバミっていうのね……もしくはザル! ……あいたたた」

 自分の叫び声だけでも頭が痛む。


「自分に治癒とかできないっていうのは不便よね」

 試してみたけれど全く治らない。不思議な力は気軽に使えるものではないらしい。


「あ、ご飯作ろうか?」

 食欲はなくても、迷惑を駆け続けているユーエンに断食まで付き合ってもらうことはできない。

「昨夜のから揚げとご飯が残っていますので、大丈夫です。……から揚げとご飯という組み合わせは凶悪です。いくらでも食べてしまいそうで怖ろしいです」

 ふるりと体を震わせて自分の腕を抱くユーエンは可愛らしい。ふと、まだ作っていない料理を思い出す。


「今度、カツカレーという更に素敵な料理を作るわね。楽しみにしておいて」

「今、カツにカレーという恐ろしい言葉が聞こえました」

 愕然とした表情のユーエンを見て、思わず笑みが零れた。侍女の姿をしていても、二十二歳の男。から揚げやトンカツ、カレー、ハンバーグという重いメニューが大好きらしい。


「二つをご飯の上に乗せるのよ。素敵でしょ」

 ユーエンはいつも美味しいと笑顔で食べてくれるから、いろいろ作ってあげたくなる。私はユーエンと一緒に厨房へと向かった。

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