第43話 祝いの行進

 蝶の簪が眠りに着いた後も、私たちは様々な事件に遭遇した。禁じられているキョンシーを使う魔道士を倒し、地方の貴族に捕まっていた人魚を救った。


 私に授けられていた浄化と治癒の力は、戦うユーエンとセイランを支えることができた。私がこの世界に呼ばれた理由がここにはあった。


 旅は身体的には辛いものだったけれど、嬉しくて、楽しい毎日があっと言う間に過ぎ去っていく。

「どうして遠回りしてるの? 直接王宮に帰ったら早いでしょ?」

「おや。そんなに帰りたいのですか?」

 セイランの意地悪な問いに怯んでしまう。リョウメイには早く会いたいと思っても、あのじめじめとした後宮に戻りたいとは思えない。


「……これからも外に出られるんでしょ。それなら我慢できると思う」

 あの狭い鳥かごのような月宮に籠っているから気が滅入る。時々、外で息抜きできるなら、なんとか耐えられると思う。

「あと三箇所、名物の酒が飲めると思っていたのですが……」

「は? もしかして、そんな理由?」

「そうですよ」

 王宮からこれ程遠くに出掛ける機会はないからと、セイランがしれっとした顔で白状した。


「……ま、目的は達してるし、いいか」

 急かして帰る気にはなれなかった。同行している兵士たちも陽気に楽しんでいるし、もう少し遊んで帰ってもいいだろうと私は笑った。



 私たちが帝都へ戻ることができたのは、ちらほらと雪が舞い始める頃だった。馬車は速度を落とし、ゆっくりと進んでいる。


「何? とっても賑やかね。お祭り? それとも私の凱旋祝い?」

 賑やかな音楽と楽し気な人の声。窓の隙間から入り込んできたのは小さく切られた白い紙。紙吹雪がどこかで撒かれているのだろう。


 皇帝の命を受けて後宮から出た青月妃、という噂は小さな村や町にまで広がっていた。皆で起こした奇跡は、新皇帝の功績として認められていることが嬉しい。


「そのような予定は無かったと思い……先に王宮に戻ります」

 笑顔だった宰相セイランが、途中で真顔になった。左耳の金のイヤーカフを一つ取って指で握りつぶすと黄色の粉になって光を発し、光で描かれた複雑な紋様がセイランの全身を包む。


「先に、って?」

 私の問いより早く、セイランの姿が消えた。

「うわ! 瞬間移動!? 流石、魔術師ねー!」

 ぱちぱちと手を叩きながらユーエンの顔を見ると真剣な表情。


「また何かあったってこと?」

「はい」

 何の説明もなく姿を消すのはよくあることだとユーエンが苦笑する。


 馬車は紙吹雪が舞う中央の大通りをゆっくりと進む。賑やかな音楽が近くなってきて馬車が停まった。


「カズハ様、申し訳ありません。馬車を至急移動するようにとのご命令です。我々で運びますので、手すりをしっかりとお持ちください」

 扉の外から聞こえたのは護衛の兵士の声。おそらくは兵士たちが馬車の周囲を取り囲んでいる。


 理由をユーエンが聞く前に馬車が浮いたのがわかった。兵士たちに持ち上げられている。

「うわ!」

「危ないっ!」

 一瞬バランスを崩した馬車が傾いて、前に転がりそうだった私をユーエンが片腕で抱き止める。


「あ、ありがとう」

「掴まっていて下さい。それから口は閉じて」

 ユーエンの言葉に頷いて、縋りつく。


 荒々しい兵士たちが気を使ってくれている。外から聞こえてくるのは、私に怪我をさせないよう慎重に運べという声。馬から外された車が後ろに下がって、角を曲がった所で降ろされた。

「許可が出るまで、ここでお待ち下さい」


 周囲は人々の陽気な声で溢れかえっていた。群衆の中へ不用意に出て行く訳にはいかないだろう。護衛の兵士たちが馬車に人が近づき過ぎないように壁を作ってくれているらしい。


「一体、何なのかしら?」

 とにかく騒がしくて何を言っているのか聞き取れない。


 窓を開けて外を覗くと大通りを進んでくる五彩の豪華な御輿が見えた。京都の祇園祭の山鉾に似ていて、多くの人々が牽いている。神輿の中央に座る二人の姿を見て、私の思考が停止した。


 皇帝の服を着たリョウメイと、青い儒裙で着飾り紫水晶の蝶の簪を髪に挿した青月妃イーミンが並んで座っている。


「あの簪……」

 偽物だと一目でわかった。本物はもっと繊細な細工。本当の青月妃は私だと言いたいのに、二人の姿は睦まじく神々しい程完璧な皇帝と妃の姿。


 真の青月妃と自負していた心がしぼんでいく。自分があの場所に座る光景が想像できない。


 耳が周囲の騒音から声を拾った。

「え? 懐妊?」

 沸き上がる祝いの言葉が、渦のように私を取り囲む。「青月妃が懐妊した」と間違いなく聞こえた。


 懐妊? リョウメイはイーミンを抱いたということ?


 二人を乗せた豪華な御輿が、ゆっくりと目の前を進んでいく。

 何故かイーミンの勝ち誇った笑顔が鮮明に見えた。リョウメイはイーミンと微笑み合い優しく肩を抱いている。


「……カズハ様」

 ユーエンの声が遠く聞こえる。

 私だけだと言っていたのにリョウメイは裏切った。ショックで頭が動かない。


 紙吹雪と祝いの言葉の渦の中、私は座っていることしかできなかった。

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